最近、ニュースアプリのメルマガで、高齢女性の貧困問題記事が送られてくることが多いです。
なんか落ち込む…でも気になる…
将来が不安です。
たぶんこれはもう、生活をともにするパートナーがいない40代以上くらいの庶民派はみんな思うんでしょうかね。
パートナーいても思う時代よね。
でも記事読んで、安心するのもあります。
私より大変な人がいる、と。
で、いろいろ記事見てて、その貧困高齢女性たちのその後の明暗を分けるのは、たとえば生活費が1000円しかないとかの時にフードバンクに食べ物もらったり、病気のときに医療費を借りたり、ガチでヤバってなったときに、助けを求める場所があるか、支援団体とつながれるかどうかかなぁという気もしました。
で支援団体と繋がれるかどうか、は結局、自分の貧困や人生を恥ずかしいと思うか、どうか?
なのかなと、今感じています。
自分の貧困を恥ずかしい、と思う人は、周りに知られないように振る舞うから、支援とつながる機会が極度に少ない。
だから助かるチャンスに気づかない。
あと、みんなアバンギャルドに生きて貧しくなったわけじゃなくて、どちらかというと会社や家族に対して従順にクソ真面目に生きてて、結果損をしている感じもしました。
ということは。
もちろんその人それぞれのいろんな状況があるから一概には言えないけど、結局人間を生かすも殺すも、価値観なんじゃないか、と思った次第。
お金、仕事、家族、人間関係、いろいろな側面で悩みは誰にでもあって、その時に何を大事にして、何を優先するか。
プライド、見栄、思いやり、合理性、ぬくもり、達観、悟り…
まだまだ悩んでいて、よーし今日は徹底的に、自分の将来のことを考えるぞ!と思うんですが、いざ考えだすと、睡魔に勝てず寝てしまいました。
夜早くに眠れるのは心身の健康の基盤として望ましいことだけど、朝早くに目が覚めて、そこからまた悶々と悩み出すので、なんか何もせずボーっとする時間欲しいな…
大切だな…と思います。
もしくはですね。
もう結局自分の価値観として、
将来のことなんて、
どーにかなるなるー(=´∀`)人(´∀`=)
という結論が出てしまったのかもしれないです。
気づかないうちに。
でもまだ足りないのは足りない気がしてます。
悩み抜くのに疲れてないから。
ということで、飽き飽きするまで悩んでいきたいと思います。
まずはボーっとせねば!