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子育てと正社員の仕事の両立にぎりぎりな40代の母ブログ

子育てしながら正社員として仕事しています。40代の母のブログです。コピーライター、読書、映画、プライムビデオ。育児の悩みや仕事の悩み、広告、マーケティング、家族のこと、ふと思うことを綴ります。

今そこにある危機

 

 

なんで私の気持ちが分かるんだろう?

 

たまに小説を読んで思うことがあります。

 

この作家は私の過去を見てきたのかしら

と。

 

夜中になると目が8個あってしっぽが4本ある真っ黒な怪物に変身する僕。

なんですが、内容は中学校の学級カーストでの戦いの物語です。

 

いじめってテレビのニュースやドラマみたいな分かりやすい形をとることはむしろ少ないんじゃないかと思うんですね。

 

その真のえげつなさは、見えないものに支配された教室の「空気」にあると私は思います。

 

「同じ」ノリであらねば続かない会話、狭い世界の独特なルール、カーストポジションでの振る舞い方、上滑りする騒がしさ…

 

はみ出してしまう人間には過酷な教室の日常。

「目をつけられない」ためにどれだけ巧みに気配を溶け込ませるか、息を潜めていられるか。

 

その「空気」を住野よるさんはこの作品で描きます。ナニコレ、超分かる!!

読む私はあの時の息苦しさがフラッシュバックして涙が出ます。

 

私は主人公のアッチーと同じように直接標的にはなっていなかったのですが、それだけにアッチーの「みんなとずれていく恐怖」も痛いほど分かります。

 

中学1年のとき、いじめられっ子のOさんに回ってきた、内容は忘れたけど悪口を書き込んだメモ用紙を私はOさんに渡さず握りつぶしました。

 

そしたら次の日から一部女子からの無視が始まりました。

 

一部じゃん…な話ですが、カーストにおいてトップにいる派手グループの指示に逆らうことは、教室での死を意味します。

 

クラスには小学校からの仲のいい友達もいたのですが、たまたまケンカしていて、また彼女は部活中心に人間関係を持っていたからか?私は頼りませんでした。

 

たったそれだけですが、私の日常は大きく様変わりしました。

 

それでも仲良くしてくれる目立たないグループには入れたけど、元々派手グループにいた私のプライドなんでしょか…ずっと、なんでこんなことされないといけないのか、悲しみと憎しみと寂しさとみじめさ、いろんなやりきれない気持ちで中学校生活を過ごしました。

 

私は人間として間違っちゃいない、正しい事をしているなんて正論は、教室ではゴミです。

 

人が怖くなりました。

 

無視は一部で留まり、クラス替えもあって、一時期の出来事で終わったけれど、もう私は明るく振る舞えなくなりました。

 

よくある話かもしれません。

 

でもそれから息を潜めて過ごした3年は生きてきた47年の中でも2度と味わいたくない最も辛い時期だったと今振り返っても思います。

 

だから、アッチーにはむしろ目覚めるの遅いなあとも思うし、ついにアッチーずれてしまったか…と同情も禁じ得ません。

 

ほんとの話、いじめの空気って気付かない(自覚ない)あるいは関心のない人も確かにいるんですよね…その中でどんどん気づいてしまう、気にしてしまう自分がしんどい、て分かる。

 

またこれ小説には出てこないけれど中学3年っつったら受験生なんですよね。こういう状況下で成績が下がったり、親からやいやい言われたりした日にゃ、もう。

 

大人になって思うことはいろいろあります。

まず、私の場合は第三の道を作れば良かったのかも。

部活もすぐ辞めて、ほかに人間関係が薄かったから余計に負に飲み込まれたのかもと。

 

部活でなくても、何か自分が好きに思えるモノや場所を作ることはとても大事だと思います。

大人になっても大事。

 

もう一つは、私はこれが何より大事だと思うんですが、生き抜くことです。

 

「よるのばけもの」で保健室の先生が言っているまさにそれです。今目の前にある辛さの中を生きている人間に、生き抜け!なんて、なんのなぐさめにもならない無責任なセリフです。

確かにそうです。なぐさめにはならないのです。

 

でも今私が確かに生きていて、あの辛い時期を超えて今があるのは、あの当時を生き抜いた自分のおかげです。事実です。

 

自分、ありがとう。

 

それを思うと、いじめられても学校を休まず、教室でおはようと声をかけ続ける矢野さんなんかは、もう人間の域を超えた神か?くらいにすごい人で。

 

もし現実に中学時代に矢野さんがいたら、私の中学校生活も全く違っていただろうと思う次第。

 

崇拝していただろな_:(´ཀ`」 ∠):

 

それもどうかって話だけど。

 

生き抜けば、いいことはあるのは確かで、私は高校3年の時に素晴らしい友人と出会えました。

 

まさに矢野さんみたいに芯のある強い友達です。

 

新しい出会い。それだけで世界は変わる。

 

でもまず生き延びねば。自分がどれだけ無力でも、抑圧に窒息しかけても、空気穴を見つけて生き延びる。

 

今の時代がまだ良かったと思うのは、学校に行かないという選択肢が、30年前より浸透していることです。

 

ほんとに。

 

言葉の通り、何がなんでも生き延びる。

 

そういう切羽詰まった3年間。

 

「よるのばけもの」の優れた点はもうひとつあって、それは「矢野さん」の描き方です。

矢野さんはまさに神がかった「いじめられっ子」なんですが、アッチーから見れば、だいぶクセのある人物なんですね。

 

話す言葉のイントネーションが変。人の話は聞かない。的外れに人に絡む。いつもにんまりしている。猫背。

 

ここにちょっとした「汚れ」だったり、「いい加減さ」だったりが入ったら、いじめの対象になりがちです。

 

世の中には「いじめられる方も悪い」という解釈もあって、たぶんその理由としてあげられるのは、その他大勢と異なる、その人のやっかいさ。

 

でも、たとえいい加減でもクセが強くても、人の話を聞かなくても、苦手だったとしても。

それを理由に敵意と悪意をぶつけていいわけじゃない。

そこに何の正しい解釈はないわけで。

相手が誰だろうと、飲みかけのコーヒー牛乳のパックを後ろから投げつけていいわけ、ないんです。先生にあげるプレゼントを踏みつぶしていいわけないです。

集団で無視をしていいわけもない。

 

住野よるさんはそこをよくわかっていて「なんの落ち度もないのに(いじめられている)」という冠を、矢野さんにはつけなかった、と私は思います。

 

クセがあるからって、大勢と違うからって、同じでないからって、「だから、なんだってんだ」って話です。

 

同じことをしていないと、同じ考えでないと、同じ格好でないと、安心できないことの底なしの怖さ。

 

いつも考えてしまうのは、ナチスホロコーストです。

ヒトラーがどうとかでなく、ナチスを受け入れた群衆です。

 

じわじわと「他」を排除していく空気。

 

内容、時代、形、人間、すべて違っても、かつてのドイツにも、自分の通っていた教室にも、確かにあったんじゃないかと思います。

 

そしてその「違いへの嫌悪」は私の中にもきっとあります。

だから注意深くいなければいけません。

自分自身の「正しさ」にも。

 

ということで、住野よるさんに、またまたしてやられました。素晴らしい作家です。

 

余談:なんだか急に言っておきたくなったので。

生粋の陰キャだった私と中学生当時、友達でいてくれた、ちょっとヤンキーのRちゃん、幼馴染の腐れ縁で世話好きのCちゃん、同じくいじめられ対象だった足の細いEちゃん、頭がよくてかわいいのに野口さん(ちびまる子ちゃん)キャラのM、学校さぼりに付き合わせてばかりいたTさん。みんながいてくれて、私は生きのびれたと思っています。ありがとう。(※遺言ではありません('ω'))

人生とはカラメルのないプリンです

 

「君の膵臓を食べたい」は読んでなくて、浜辺美波ちゃんの映画は観ました。

 

結論。ネタバレあり。

めちゃくちゃ良かったです。

 

今回はもうすぐ入院の娘のために、軽い一冊を探して、いつものようにまず自分で読んでみたんですが、住野よるさん、良かったわあ〜(о´∀`о)

 

ラノベ上等なつもりで読んだんですが、期待?を裏切る巧みさと深みがありました。

 

オチはだいぶ最初に気づいたんですけどね?( ̄∀ ̄)←自慢

 

小さな伏線に気づいたりするのも読書の楽しさ。

 

住野さんの文章、初めてですがリズミカルで小気味いいです。するする入ります。

 

主人公は小学生女子で、一人称で書かれていて、まんま小学生が作文書いてるみたいな文体で進みます。

絶妙におとぎ話ぽい「ですます調」と、男性女性のステレオタイプな口調の違いを意図的に分けて書かれた会話部分、物語が現実と夢の狭間な感じを上手く溶けこませています。

 

この主人公の小学生なっちゃんは、本が好きで、友達がいないです。

 

大人の言動や自分が不思議に思うことへの好奇心と追求が強くて、ちょい屁理屈をいうタイプ。

 

でもクラスで弱いものイジメをする男子を論破するような強くてカッコいい女の子でもあります。

 

こまっしゃくれていて、子供の頃の自分に似ているなぁと共感しながらも、当時の自分にはなかったなっちゃんの強さに憧れも抱きました。

 

でもなっちゃんは私以上に友達がいない。

なんせ、口が立つし、ちょい上から目線(笑)。

 

後半、アバズレさんになっちゃんの短所をずばり当てられて、なっちゃんは雷に打たれたように衝撃を受けますが、似ている私も同じように衝撃を受けました。

いやでも確かに。

 

アバズレさんはなっちゃんの大人の女友達。

木の家に住むおばあちゃんも。

 

物語の主題はなっちゃんが国語の授業でやっている、幸せとは何か?を考えるというそのものでしょう。

 

大好きな大人の友達たちとのやりとりのなかで、なっちゃんは幸せを探していきます。読みながら一緒に自分も幸せが何かを考えます。

 

主人公とともに歩いていきながら読書できるのは、いい擬似体験であり、思考のトライ。

 

子供の頃の私は、誰からも好かれること、友達がいっぱいいること、それが正しい「私」のあるべき姿と思ってきました。成長するにつれて、そうできない自分がそれに相応しい要素がないんだと気づき、そんな自分が好きになれなかった。私を認めてくれない周りを憎み見下し、憎んでいた周りの誰よりも自分が好きになれなかった。18歳でやっと、息苦しいのはなんだそういうことかと気付きました。

 

でもなっちゃんは自分の鼻持ちならなさを指摘されても、友達とぶつかっても、クラス中から無視されても、自分を嫌いには思わなかったんですね。

 

ここが何より大事な部分で、周りからの評価で自己判断を左右されない、なっちゃんの思考の深さ、住野さんの思考の深さです。

 

誰からも、好かれなくていい。

たった一人でいい。

目の前の大事な人だけはきちんと理解したい、味方でいようと。自分自身も含めて。

 

いま大人になってそれができているかと言われたら私にはまだまだで、人生とは、大事なものを見極め選びとっていく枝分かれの旅だなぁと感じます。

 

「人生とは」はなっちゃんの口ぐせです。

 

人生はカラメルのないプリン。

カラメルがイヤなら最初からカラメルいれなくていいじゃん。

 

日常のお菓子がたくさん出てくるのも、なんだかホッとします。

 

ライトなはずのラノベに、いや単に表紙がアニメイラストだからそう解釈していますが、ラノベではないかもです。いやでも読みやすさと主人公の年齢で言えばラノベかもしれない。

 

どっちでもいいけど、読めば深くてどっしりおはぎな住野よるさん作品でした。小豆がスッとする甘さの。

 

また住野作品、ぜひ読もうっと。

海の上からみる「人間たち」

 

三人の夫(字幕版)

三人の夫(字幕版)

  • クロエ・マーヤン
Amazon

 

前情報見たけど、いうほど、というか全然エロくなかったです。

 

でも家族で観るのはやめとくべき(о´∀`о)

 

物語だけでいうと、海の上で暮らす過剰な性欲をもつムイが父や年老いた夫に売春させられてて、ムイを好きになった客の青年が地上にムイを連れ出したけど、馴染めなくて結局海上生活に戻って売春するしかない、みたいなところですが、エロいとかより、底辺の暮らしをよくこれだけカラッと描けたなあと。

 

香港で貧困層のさらに貧困といわれる海上生活者というのがイメージがつかなかったですが、実際にはこんなにカラッとはしてないんでしょうね。

そこは映像のマジックというか、何を描くか、というフルーツチャン監督の意図なんだけど。

 

全体には見やすいし、理解しやすいし、いろいろ頑張っても空回りする底辺の暮らしを、空回らせながらも全く希望がないわけでもないラストだったかなと思います。

 

特に役者さんが全員とてもいいです。

ムイ役のクロエマーヤンさんは、役のために14キロ太ったらしくまたこう、それがムイという存在を絶妙に際立たせる効果が確かにあって。

 

フルーツチャン監督が何をいいたいのかは、本当のところ分かったのか分からないですが、ただ人間の尊厳とは何かは考えさせられます。

 

字面でも実際にしても、ひどい暮らしといえるムイの、香港の海を走る船の上での凛とした美しさ。

きらびやかな香港の大都会のきらめき、ディズニーランドの花火、海に暮らす彼らしか見れない景色。

 

映し出された香港の夜景はただただ美しく。

 

ムイたちの位置が自分の立ち位置でないことに、果たして本当に安心していいのか。

自分の日常の隣にある全くの異世界に、さああなたは何を見る?と。

 

フルーツチャン監督が描くムイは、決して虐げられた者の表情はしていません。

 

そこに生きる人がいる現実をフィクションでどう掬い取るかは、受け取るかは、見る側に委ねられています。

 

海の上だからこその、競争のアウトサイドだからこその、ゆるやかさとあやうさ。

 

ムイのこの先にずっと、凛とした孤高の尊厳を奪う出来事が来ないことを祈りたいです。

 

 

生きづらさやら貧困やら。いろいろひっくるめたうえで、第三の道は可能か

 

 

 

他者の靴を履く 2021 ブレイディみかこ

 

 

第3の道。

 

というものがあればいいなぁと思っています。

 

既存のものではない、新しい選択肢。指針。あるいは人生。

 

初めてのアナキズム入門というには、理解がまだまだでしょうが、

本書はエンパシーとは何か?を探究しつつ、アナキズムを謳うエッセイです。

 

内容は「エンパシーとは何か?」を入り口にしています。

 

アナキズムもエンパシーも、これまでの自分の人生にほぼ登場してこなかった言葉なので、むしろアナキズムって訳せば無政府主義

「若者が斜に構えて既存社会を否定しながら一匹狼を気取る」あるいは「テロとか暴力につながりやすい人」みたいなイメージでしかなく。

 

エンパシーにいたっては、何それ?状態なのですが、そんな私にみかこさんがいうには、それが「他者の靴を履く」ことなんです。

 

エンパシーはヨーロッパでは非常にポピュラーな考え方らしいです。

多様な解釈も歴史的背景もあるので複雑なんですが、私の解釈でシンプル化すると、他者への「共感力」です。

 

この「エンパシー」は「シンパシー」と混同されやすいけど、実は全然違うらしいです。日本では同じ「共感」と訳されることも多いそうで。

 

で。どう違うかというと、シンパシーは自然とできる気持ちとか気分のシンクロみたいなもの。

エンパシーは自分とはかけ離れたものにも意識的にする想像というか。

私はそんな理解をしましたが、本当にそれで合っているかは読んでもらうとして。

 

さらにエンパシーは大きくは二つくらいに分けることができまして。(本では細かくいろいろ出てきたけど省略)

 

ひとつは、自分と共通することがある、距離が近い他者の状態や感情に、自然と共感できるエモーショナル・エンパシー。元から人間に備わっている共感する性質。シンパシーに近いっすね。

 

もうひとつは、相手との共通点や距離に左右されずに、自分の意志や努力で、他者を「もし自分があの人だったら」と感じてみるコグニティブ・エンパシー。

こっちは性質ではなく、後から身につける「能力」です。

 

ほう。

 

エンパシーというワードは耳馴染みなかったものの、この2つのエンパシーの違いは確かに感じてきたなぁ!と実感があります。

 

たとえば子育てしている私が、子育てしている友達や女性の日常を想像するのと、シリアの難民のおじいさんの暮らしを想像するのとはどちらがやりやすいかって、そら前者です。

 

でも「コグニティブ・エンパシー」は、後者をやってみることで、要するにそれが、「他人の靴を履く」という例えになっているわけです。

 

で、みかこさんはこの「コグニティブ・エンパシー」の方に注目して、いろいろ考察を重ねていくんですね。

 

で、みかこさんいわく、コグニティブ・エンパシーは備わっているものではなくて、後から身につけていくものなので、その能力をみがく機会や教育って大事だよっていう。

 

これ本当、納得です。

 

で。

 

いよいよ「アナキズムがどう関係すんだ?」って話、これ本当に、後半でやっと気づいたんですが、要は、みかこさんはアナキストなんですよ。

 

で、その研究みたいなのをやっていて、いろんなアナキズムを研究している社会学者や哲学者の文献を引用されています。

 

もうね、最初、その学者さんたちのダレ?感というか。まあまあ理解に時間かかりました(;^_^A

 

ただ後半に入り!

「みかこさんは、エンパシーとアナキズムのことを話したいんだ」とやっと合点して、点が線となってからは、ぐいぐい引き込まれ(だいたい理解が遅いから、後半からぐいぐいが多いよね・・・)、慧眼しきり。

 

そして私がたどり着いたのは「アナキズムっておもろいな」ということです。

 

みかこさんの考えるアナキズムは要は、既成のシステムに頼らない「人とのつながり」を重視した考え方なのだと思います。

たとえば、政府が今やっている経済政策、社会制度と保障対策などが十分なものとは言えない場合。

地べたの市民運動や底辺から生まれた助け合いみたいなものが威力を発揮するような社会。

コロナがそうですよね。

子ども食堂ができて、フードバンクができて、とか。

ちょうどみかこさんもイギリスでコロナを体験して、失業者とか困っている人があふれるなかで、市民の助け合いを体験したようで、そこに地べたの「底力」を感じたそうです。

 

で、みかこさんが言うには、そこにはコグニティブエンパシーが必要で、総じてアナキック・エンパシーというのもが大事だよと。

 

「桃から生まれた桃太郎が鬼を退治しました」くらいに、かなりざっくりした説明なので、詳しくは読んでくださいとしか言えないんですが、ここが大事!と思ったポイントをあげます。

 

生き残れ!地べたの者たちよ

私たちは基本、似た環境や同じ境遇だった場合にシンパシーを抱くけれども、そうではなくて、むしろ敵対していたり、嫌いだったりする人に対しても意識的に共感することは可能なのです。

たとえば私がトランプ元大統領を嫌いだとして、でもトランプ大統領だって、家族はいるし、子供に幸せになってほしいという気持ちは同じだろうし、子育てに悩み、眠れない日だってあるでしょうよ。

 

そういう感じでしょうか。

 

ちょっとウソっぽい例になりましたが(´∀`*)

 

この究極の例として、みかこさんは金子文子さんの獄中エピソードをあげています。

金子文子さんは大正時代のアナキストらしい(ウィキペディアより)です。

で、文子さんは自分がひどい目にあうなかで、獄中の看守の暮らしを想像するんですよね。

 

「塩からきめざしをあぶるよ 女看守の暮らしもさして 楽にはあらまじ」

 

という言葉を残しています。私を見張るあなたの暮らしも質素で楽ではないんだろうねと。

まあ私はこの金子文子さんの言葉以上に、金子文子さんという人を知って、衝撃を受けたんですが。みかこさんがなぜ、金子文子さんという大正時代の女性を本に登場させてきたかというと、「女たちのテロル」という自著に書いてたようです。

 

で、この金子文子さんの話が要所要所に出てきます。

これが・・・インパクトすごい。文子さんは日本で生まれた朝鮮人で、まあいわゆる差別もだし貧困もだし、虐待もだし、そういう過酷な幼少期を経た結果、アナキストになるわけです。そして文子さんは若くして獄中死するんですね。

壮絶です。

 

でもみかこさんが語るのは、そういう壮絶さ=アナキスト ということではなく、「他者の靴を履く」文子さんなんですね。

 

みかこさんは、通俗的固定観念アイデンティティにしばられない、想像力豊かな文子さんという人の根底には楽天性があったと言っています。

 

私が読後に強く残ったのは、ひとつにはこの「楽天性」。

過酷な人生を送ってきた人が、生きるために身に着けた、明るさというか、光への気づき。

でもこれってすごい大事だなあと。

 

この過酷な状況下での楽天性なんですが、誤解されがちな「どうにかなるなる~」という無責任ではないんです。

なんというかな。自分を信じる力というのかな。

「どうせ無理だ」という状況のなかで、ナニクソとあきらめないというと「根性」なんですが、そうではなくて、「絶望だと思っていたそこに、愛すべきものがまだあった」みたいな気づきができることです。

心の柔らかさですね。

だから、文子さんがやったような、まったく異なる他者への共感、コグニティブ・エンパシーは、他者のためではなく、自分がこの楽天性を持つための大切な要素とでもいいますか。

 

みかこさん曰く他者への共感ができるということは、利他主義ではなく、利己主義でもあると。

つまり、共感は、「誰かのために」もあるけれども、同時に「自分のため」でもあるんだよと。

 

日本でいう「情けは人のためならず」ですね。よく誤解されている「ことわざ」の例題で出てくるやつ(*´▽`*)

 

「人に情けをかけるのが大事なのは、他者のためではなく、かけた情けが自分にめぐりめぐってくるからだよ」っていう意味ですよね。

でも同時に、人のためでもある。どっちもある。というのがみかこさんの主張です。

 

つまりみかこさんのいうアナキックエンパシーとは。

どうしようもない政府や社会システムの限界のなかで、地べたの自分たちが生き残るのに必要なのは、このコグニティブな想像力、エンパシーと、既成のものにとらわれない自由な生き方じゃね?と。

言いたいのではないかと解釈しています。

 

ということで「生き残るために必要なもの」

他者への想像力、楽天性、とらわれない自己&自分の選択

 

「プリズンサークル」と赤ちゃんプログラム

みかこさんは、コグニティブエンパシーを実践で取り入れる動きをいくつか紹介してくれています。

そのひとつとして、坂上かおり監督のドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」も例に出しています。(プリズンブレイクではありません)

 

prison-circle.com

これはコグニティブエンパシーを受刑者の更生プログラムに取り入れた島根県の刑務所のドキュメンタリーです。

「島根あさひ社会復帰促進センター」という刑務所では、受刑者同士の対話を通して、犯罪の原因を掘り下げる「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを、日本で唯一導入しています。

 

このTCでは、受刑者が被害者の家族の役を演じるそうで、このことから被害者の立場を想像する=他者の靴を履く を実践しています。ようやく被害者の気持ちを想像する→犯した罪を理解するという作業を行なえるようになったという受刑者が多数出たそうで。

でも、導入がなかなか広がっていかないそうなんですが、欧米で広がっているこの「TC」を、よもや日本が取り入れたこと自体に、みかこさんは驚いたそう。

 

分かる。日本てね。。。なんでもね、遅いし、カタイ。

 

で、この「プリズンサークル」絶対見たい!!と思い上映状況調べたけど、近郊でやってるとこなし。(初公開は2019年)自主上映会とか各地でぼちぼちやってるようなんですけどね。。

Amazonプライム、有料でいいからやっておくれよ。。

 

 

 

もうひとつは、みかこさん在住のイギリスの「ルーツ・オブ・エンパシー」。これは赤ちゃんを囲んで、その気持ちを小中学生が語り合うというもの。

ボランティアの赤ちゃんとお母さんを招いて、緑色のブランケットを敷いて、赤ちゃんをそこに寝そべらせ、みんなで囲んで「赤ちゃんは今どういう気持ちでしょう」というのをやるそうな。

これで大事なのは、赤ちゃんの気持ちを想像するよりも(それは兄弟とかですでにできている子どもも多いのではとみかこさん談)、それを「話し合う」ということではないかと、みかこさんは言います。

 

学校のなかで子供たちが「彼彼女が今どういう気持ちか」などと話し合う機会はあるだろうか?と。「感情を表現すること」「解決策を話し合うこと」は非常に大事で、しかも進んで言う気になる環境を大人が用意する必要があると話します。

 

キーワーカーとブルシット・ジョブ

コロナ禍でイギリスで注目されたのは、スーパーの店員さんやタクシーやトラックの運転手さん、医療従事者、福祉・保育所・学校の先生で、彼らをキーワーカーと呼ぶそうです。

 

日本じゃそこまで取り上げられてないですが、でもピンとはきます。テレワークとかできない、みんなの生活に必要なことをしている人たち!なわけですね。

 

でも往々にして肉体労働や低賃金の労働だったり、階級システムが根強く残るイギリス社会のいわゆる労働者階級である労働者をキーワーカーとしてたたえよう〜という動きがあるというのは、さすがにイギリス!です。

日本ってそんなのなかったですよね。

一方、デヴィッド・グレーバーさんという社会人類学者が書いた『ブルシット・ジョブ』という本が話題になったと。

 

 

ブルシット・ジョブとは、いわゆるホワイトカラーの仕事です。

「ホワイトカラーの仕事のほとんどは無意味だ!」と言ったのが、このデヴィッド・グレーバーさんなんですね。

 

で、このホワイトカラーがコロナという有事の際に、本当に役に立ってないよねwみたいなことで、がっかりされたという。

 

そういうことをみかこさんは紹介しているんですが、すごいおもしろいなあと。

センセーショナル!

まさかの価値観の転換ですよね。

でもみかこさんは、あくまで「地べた視点」なんですね。

グレーバーさんが出版したのは2018年ですが、まさにこのことがコロナで証明されたなと。

主にイギリスのですが、経済についても結構突っ込んで書かれています。

 

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ということで、盛沢山の発見と気づきと慧眼の本だったです。

そして、第三の道ですよ。

 

みかこさんが主に語るのは日本じゃないイギリスの事情です。

でもイギリスだってヨーロッパだって、同じように虐げられている人、社会的に弱い立場の人、貧困、差別、他者への視点の希薄さ、異なる世界同士の対話のなさ・・・日本と同じように問題なんだなという発見がありました。

 

このことの発見は私には大きくて、なんでも欧米がいいってするのでもなく、人間社会の共通課題なんだなということ。。

 

でもそこで、声を上げることや地べたの暮らしに視点を落とす、自分の生活に照らし合わせることの意味なども深く考えされられました。

 

みかこさんは、そういうごったごたのカオスの世の中にも、生きてく術はあるといいます。

 

アナキズムとは、結局なんなのか。私たちの社会にあると思っているような「中心部」など、実は実体がなく、個々の動きがつらなって、補いあって全体を作っているというのが社会だと、伊藤野枝さんは語ったといいます。

 

伊藤野枝さんは、金子文子さんと同時代の同じような生きざまの女性なんですが、私も実は栗原康さんの本は読んでいて野枝さんは知っていて、野枝さんについてはまた書きたいと思います。

 

 

 

人同士で、組織で、垂直ではなく「水平」でつながる方が社会はよくなるよいうみかこさんの考えは、常々私も思ってきたことで、

ああ、だから私は管理されるのが嫌いなんだな、

私もアナキストの気があるなあと、読んで思いましたww

 

もちろん既成のシステム、政府に地べたからモノを申していくのはとても大事。

そこから逃れて、勝手に生きていくことは現実できないから。

でもそこには覆らない大きな壁もあるし、どうしようもない現実もある。

 

でもそこで別の視点に立ってみる。

自分自身のなかで精神の自由を試みてみる。

 

つまり、私が思う第三の道とは、既成概念、固定観念、そういったものを取り払って、他者を想像しながら、水平な視点で日常をおくること。

 

自分の人生で実践するということです。

 

もしかしたら、何かを選択するときに、私自身が本当は望んでいないのに自分をしばっている判断があるかもしれない。

そして勝手にがっかりしているかもしれない。

だとしたら、自分が自分をまずは自由にしてあげる。

 

最初は「アナキズム~?」と思ったけど(∩´∀`)∩スミマセヌ

自分の可能性をとても強く感じられた読後感でした。

 

 

※余談ですが、日本のアナキズムの初心者に向けたいならば、帯とか序文とかで説明をつけたほうがいいと思います。日本じゃ「アナキズム」が変なイメージのインパクトあるから避けたのかなあ。

これは30年以上前に日本を飛び出し、イギリスで庶民の暮らしを体験してきたブレイディみかこが、「他者の靴を履く」=他者を想像するエンパシーという能力と、既存のシステムにとらわれないアナキズムが溶け合った先の地平に生まれる社会と個人の生き方を指南した書である。

 

勝手に解説文考えました

投票券なくしました

総選挙の投票の入場券が見当たらないです。

 

ちらしと一緒に捨てたかなぁ涙

 

投票 券 なくした でググッと調べたら

別に券なくても会場行ったら投票できるらしいです。

 

と栃木県の選挙管理委員会ホームページに書いてましたので、栃木県とは縁もゆかりもないですが、気にせず投票行こう〜と思います(*´꒳`*)

 

あと、各党の公約調べたけれども、分かりやすいのがなかなか見つけられなかったから、

夫婦別姓だけ、どうかなって調べたら、

鴻上尚史さんの裁判官で、現行の夫婦は同性であらねばならないという制度を合憲とするか違憲とするか別れてるから考えてね、という記事みて、

これだけは参考になるなと。

 
いつも総選挙のときに裁判官をマルペケするやつがセットになってる、アレか!と。

そいや20代のときは、アレの意味が分からんかったよなぁと。

 

とりあえず99%が有罪の刑事裁判の実情はおかしいのは分かるので、ペケしていたけど。

 

で今回、夫婦別姓オッケー判断の人は、

宇賀克也裁判官、草野耕一裁判官、三浦守裁判官の3名(宮崎裕子裁判官は残念ながら定年退官されたようです)

てことなので、この裁判官はマルしよう(^_^)

 

で、議員と比例です。

とりあえず話題の選択制夫婦別姓制度でしょ

あと貧困と子育て。

でもまあまあどこも前向きな事ゆーんですよね。

ただ経済、経済ゆーてたのがコロナ禍の今回は、与党も福祉重視寄りに寄せてる気するし…

 

再分配とか、意味が全然分からないわけじゃないけど、で具体的に何をして再分配するんすか?

ってマニフェスト読み込まないかんのー?となり。

 

ということで、具体的に何をするか明確にメディアが書いている、とかキャッチーで分かりやすい言葉で訴えているか、とかがもうすごい大事になってくるんですが、

国全体に、選挙をわかりやすくしたいという感じがないのがね…

選挙権というものは、一般市民が必死に勝ち取ってきたものだろうに、戦後は、行かなくてもどうにかなるから感をふくらましてきた訳で。

 

「行ってもなんにも変わらない」という考えは、結局、政府の手のひらで転がされてるとは思うんです。

そんな考え、「幸せごっこ」してきた日本だけじゃないかなと。

たとえば、自分が投票しても結局、与党が勝つやんとか、よう分からないけどじじばばにだけ人気のおっちゃんが毎回通るよね、みたいなのは、そらあるんですよね。

 

小選挙区制だから1人しか当選しないし、モチベ下がります。私も。

でもある時気づいたんです。

 

えー落ちたけど、20万人もこの人に投票したんかーと。

てことはです。

私以外の199,999人もガクーとしてるんだなぁと。

 

たとえば田舎なんかはほんとに100人とかの差で勝ったり負けたりしましよね。

だから、選挙結果って本当の民意の結果、ていうより、この負けたけど、こんだけ当選したあなたではない人を選びました、ということを公表する意味もあると思います。

 

あと問題は、やっぱり、分かりにくいのと、面白くなさ。

ググッたら、グラフとか表にしてくれてんですが、逆に中身が薄くて似たり寄ったりに見えちゃう。

400字くらいでまとめてんのないかな。

 

あと、メディアのこう日和見な感じ?

あれがいちばん、面白くないというか、くだらない感を感じます。

そんな表層的な質問じゃなく、核心ついた質問してよと。

 

そんななら、最初からひいきがすごいメディア同士を見比べて論調を比較する方がよっぽど面白いというか。

 

そもそも、政党も。

勝ちたいとかでなく、いや勝ちたいだろうけど、負けた後の戦略も提示してみればと。

 

でもって、私がきっと面白いだろなぁと思うのは、選挙以外で制度を改善させていく戦略じゃないかと思います。

 

かつてドイツではゲッペルスが強烈にインパクトある分かりやすさでナチスに政権取らせました。

分かりやすさ、インパクトは、ある意味では支配のプロパガンダになり得る。

その怖さと表裏一体だから、私たちが何をどう見分けるかは、簡単ではないです。

残念ながら政治は難しい面があります。

法律を変えたりすることはそもそも法律知らないといけない訳で、法律難しいし。

でも結局、自分がいちばん必死こいてる部分に、自分たち視点でどんな対策を考えてくれているか。

なのは間違いない気がします。

 

自分や隣人の日常や心配ごとに乗るかそるか。

子育てしたなら子育て中みんなだし、学費に苦しむなら学生みんなだし。

病気だったら、失業したら、落ちこぼれたら、離婚したら… 

先日読んだ中山七里さんの「護られなかった者たちへ」の世界がリアルに想像できちゃう…

なんかもう今の日本がなのか、コロナだからかなのか、自分がそういう追い詰められ精神だからか、なのか分からないけど、生きていくって恐怖。

 

だからとりあえずできることとして、自分は投票行かねば。

 

どうしたら何があれば世の中もっと良くなるんだろう。

 

 

 

アラフィフからの楽しい英語のお勉強

 

 

 

英会話教室に通い出しました。

子供ではありません。

私です。

 

中学までは英語が好きだったけれども高校英語で挫折したのと、会社がコロナで危機に陥って転職もリアルな問題化しての、でも今の自分じゃ市場価値少ない…という危機感やらなんやらで、

いっちょ自己投資しようと。

 

一年前から英会話アプリやってて、インプットばかりでアウトプットがない虚しさもあり。

 

まあでもアレです。

下手の横好きがなまじのにわか勉強で、どないかなる話でもないので、ひとつのライフワークだとおもっています。

 

いちばんの動機は、日本以外の価値観を知りたい、ってところかもしれません。そこにはきっとなんかがある!みたいな。

 

ちなみに英会話教室の先生はイギリス人。

英語ネイティブと話すだけでテンション上がってます。キャーキャーのミーハーでもありつつ(*´∀`)♪

アプリ効果か発音は褒められてます(´∀`*)

5年前くらいはアールとエルの発音ができてないって知り合いのフランス人に注意されたのに。

 

ちなみにスピークバディというアプリです。

毎月1,980円も投資。高いよね。

リクルートのスタサプくらいな価格ですが、中身を比較してないから分からないけどお得なんはどっちなんだろう。

本当は500円くらいのがあったらいいのに。。と思います。

 

で、投資もしちゃってるし、それでミーハーだけでもあかんので、目標が欲しいなと、英検を目指すことにしました。

 

よーしまずは準二級!

 

3級は中学時代にとってたから、あれから30年以上経つけど、準二級くらいならまだ行けるはず〜と赤本を書店で買って(´∀`*)

 

しかーし。

準二級の過去問やってて、愕然とした自分の「英語できてない感」と「なんかむずい感」…

筆記は一応合格ラインの解答率なものの、なんかほぼ「勘」なんですよね。。

単語と文脈で。

だから知らない単語がキーワードの問題はもうお手上げ。

 

というか、勘はやっぱりいかん、と。

で、エッセイ。英会話の先生に見てもらったら、まあ悪くはないけど、文章足りてないと。

50センテンス以上の長い作文書かなきゃ、やぱり基本的にダメらしい…

 

でリスニング、これメッタメタ。全然聴き取れてない(涙)。

でもやってみて気づいたことも。

リスニングってめっちゃ集中力いるんですが、睡眠が足りていて疲れてないときは、まあまあ聴き取れてる!

でも疲れてたり、他に気になることがあると、耳に入らない。

会話が早い!もっとゆっくり話して〜とめちゃくちゃ感じます。

 

あと、アプリ毎日やってると耳慣れして、聴き取りやすくなる気します。

逆に「今週はしんどいから英語ちょいやめとくー」みたいな時期はもう全然聴き取れないです。

 

つまり。

毎日英会話聴く、てのが大事だなぁと。

あーだから皆んな留学すんだなぁと。

毎日英語につかってたらそら耳慣れるなぁ。

何語でもそうなんだろなぁと。

 

という事で、赤本は開かない日が多くても、アプリで10分でも英会話聴く、話すってのが意外といちばん役だってる気がする今日この頃です。

 

ちなみに英会話教室は正直モチベ維持な感じです。

先生は英語と日本語ミックスで話すので多分30%くらいしか会話が通じていません(笑)

それがストレスじゃないのはミーハー心が上回っているのと(好きって大事ね)、47歳というなんのプレッシャーもない立ち位置からな開き直り、だからってなんだっつうんだ、みたいな図々しさなんでしょうかね。

でもたまに通じてウッレピーと舞いあがってます。

まあでもモチベ維持も大事。

 

今のところ、楽しくやってるんで頑張る予定(*´∀`*)

 

 

あ、あと準二級は面接もありますウフフ

恐怖しかない(=´∀`)人(´∀`=)

 

ヴェノム 新作公開前に1作目がプライム無料

 

 

2018年

12月に続編が公開みたいですね。

だからプライム無料になってたんでしょうか〜

 

思ったより、チャラい仕上がりで気軽に観れました(*゚∀゚*)

マーベルってアメコミだから、でもアメコミって主人公がだいたいついてない、非ヒーローで、なんらかの外的要素でヒーロー化する、そのあたりが人気のヒケツかと思うんですが、ヴェノムももれなくそうでした。

でも

地球外生命体が寄生する。

これはまさにジャパニーズコミックじゃないですか。

 

名作。

ミギーとヴェノムの寄生の仕方が似ています。

落ちこぼれ同士がつながって、肉体を超えてシンパシーで繋がる、てのも。

 

主人公がオンライン動画のジャーナリストなんですが、クビになってたけど、頑張って欲しいなあ。

 

トムハーディの映画をひとつも観てないことが発覚。いろんな演技ができるらしいですが、何観たらいいのかしら。

マッドマックスでも見よかな…

 

 

 

 

 

アンという名の少女シーズン2 始まったよ(о´∀`о)

 

アンという名の少女 シーズン2 DVDBOX

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また始まりました。

NHKで、アンという名の少女。

シーズン2です。

ネットフリックス製作。

途中でもめてシーズン3で完結らしい!

 

ちょうど一年前にシーズン1について書いてました。

 

 

原題は

Anne with an E 

 

アンの「私はただのアンじゃなくて、お尻にEがつくアンですのよん!」っていう、一見しょうもないこだわりのステキさを表したタイトルです。

 

やっぱり面白いなぁ。

 

ルーシーモンゴメリさんが書いてから100年以上経ってるんですが、びっくりしますね。

まだ面白いし、40過ぎて観て面白い。

 

アンのやらかしを観ていると娘を思い浮かべます。

 

アホだし、分かるし、なんかじんわりきます。

 

こういうじんわりって、なんかふとした場面にあるんですよね。

 

アンが学者を装った詐欺師の青年にしつこく質問して鬱陶しがられてたりとか(アンは詐欺師とは知らずにただただ好奇心で喋り倒す)、おっさんの恋路のお節介して全然怒らないマシューを怒らせたりとか、自分はブスだと悩んでどツボしでかしたり、いやアレはアンを見下すイケすかない奴らが酷いけどね。

 

でも100年以上前の14才の日常がなんでこんな面白いのか。だから何だと言われてもこうだと言えない、内側から温かくなるものをくれるのか。

 

ふと目を覚ました時に、横で子供がぐうすか息して寝ているのを見て、ふんわりした気持ちになるのと似ているというか。

上手く言えないけど、生きてて良かったなぁというか。

 

そんなんがうっすら詰まっています。

 

人間には、一つの優れた能力があって、私ならどんな天才頭脳より、そっちを持っていたいなぁと思うんですが、

それは、小さな、どうでもいいような、しょうもないことや物に興味や想像力を持つ能力です。

 

アンは孤児院で過ごした過酷さから逃れるために想像力を発揮して、想像の世界に入ることで現実を生き抜きますが、現代でいうと、たとえばみうらじゅんさんなんかはその代表格ですよね。

 

 

 

見仏記なんかは、奈良でショーがあって20年くらい前に見に行きました。いとうせいこうさんとの絡み方がまた良かったですよ。ずっと爆笑してました。

結局、人類が生き残るための能力って、ビジネスの才とか、富とか支配力じゃなくて、アホみたいな好奇心と想像力なんじゃないかなぁと思うんですよね。

 

 

アンとみうらじゅんがつながるとは…

100年という悠久の時をこえて…

疲れたわ、と捨てゼリフをはいて旅立つ姿に憧れて

 

 

キャロル 2015

 

観たかった映画やっと観た〜の映画です。

 

ケイトブランシェットが美しいとかは、今私にとっては、まあそんな問題ではなくて、と言ってしまうと半分台無しなくらい映像の美しさに価値あるものの。

 

私的には1番は

 

出会い、愛し、別れ、ってだけを人は何故に物語るか。

 

だなぁと。

 

ワンシーンの、その時の、感情に寄り添ってしまいます。

あ、2人は結局別れてないけど

 

普通に羨ましいです。

 

だって、キャロルは離婚したいけど、夫さんがあれやこれや策略して、それが疲れたわ〜と言って、2週間のドライブ旅行に出ちゃうんですよ?

彼女連れて。

 

旅って普通にバカンスもだし、疲れても行くし、逃避でも行くし、とにかくなんでもありなんですよね。

いつ行ってもいいし、人生が旅でもいい。

 

それが旅の良いところ!

 

なんで私や夫はそれをしないのか?

 

せめて2泊3日でいい!

ワハハ〜って馬鹿面さげて貧乏旅したいです。

 

西へ!っつって

 

Go west ! Yahoo! 

 

Go West

Go West

 

気ままなバケーション(*´∀`)♪

 

 

 

あと離婚調停のシーンもいいです。

 

あそこまでは正直、金持ちマダムの気まぐれ火遊びな空気もなきにしもあらずに思っていた部分もあったけど、キャロルは真面目?に生きての結果、夫との争いをやめることを選んだんだと理解しました。

 

この映画の描く恋愛は1950年代のアメリカの同性愛ですが、偏見や差別とかに絡めた他者の眼が一切なくて、キャロルとテレーズの2人の恋愛に関して社会の中の位置付けは一切描かれていません。

キャロルが心理療法にかからされて?いたり、ちらりとのぞかせてはいますが。

でもあくまで自分中心の個人の恋愛物語。

 

でも、だからこそ。そこにある人間の感情の揺らぎに、性差の境界がないことが感じられます。

 

そして私も疲れた自分を旅立たせたいなぁコンチクショウとつくづく思いました。


せめて隣の県でもいい〜

 

 

 

「護られなかった者たちへ」日本はもう先進国じゃないの?

 

 

映画化で知り、初めて読んだ中山七里さん。

これ以外も映像化されてますね。

 

すごく良かったです。

ミステリ小説でありながら、生活保護制度や申請を採択したり、ケースワーカーとして調査する福祉保健事務所の実情や仕組みがよく分かります。

 

ズバッと社会の歪みを伝えています。

緻密な取材や知見が行き届いているからか、描写が丁寧です。

 

中山七里さんの、社会への憤りや思いも、ひりひり伝わります。

 

餓死したけいばあちゃんのお腹からティッシュペーパーが大量に出てきたとか、やるせないです。

 

自分のおばあちゃんを思い出しました。

それに、母や自分の行き先も。

 

この世に生きるとはなんなのか。

 

社会の仕組みが全然良くならないのは何故なのか。

 

窓口で生活保護の申請書をたたき返されたら、私はどうすればいいんだろう?

 

もちろん、黙っておめおめと帰りはしないけど(今ですら)、法律を盾に出されたら、押しても引いても受理されないならば。

うちの母なんかはほんと、けいおばあちゃん的に、「お役人は絶対。逆らわない。ありがたがる」考えのタイプだから、余計心配。

 

今の時代、子育てするなかで、特に保育所入所の時の経験を通して、木で鼻を括ったような役所とやりあうには正直、本音で言ってしまえば、分からないことは何度も聞いて、こいつやっかいなヤツくらいにならないとあかん、と思ってきました。論理的な面でも。

 

でもどうしようもない壁があるならば、その壁はなんなのかを見極めないといけません。

 

不正受給が何故生まれるのか、何故本当に必要な人のもとには届かないのか。

 

貧しい者と富む者。なぜ犯罪が起きるのか。

 

利根のセリフが心に刺さります。

 

要は国や行政が予算をつけてない。だから、切り捨てなきゃならない人がいる。

予算がないのは何ゆえか。国がそれ以上は必要ないと判断したから。

 

日本は決して社会保障や福祉が豊かな国じゃないという事実。

戦後復興のなかである程度は育ってきた、「言っても先進国だしー」みたいなイメージというか「住みやすい国」の自負がわずかにあったですが、今やかなり落ちぶれちゃったんですね。

グラフでみるこれからの医療_6章_1_日本の社会保障の水準を比較してみましょう

こんな古いデータでも、社会保障給付費がアメリカ、フランス、イギリスと比べてダントツに低い!

北欧と比べたらいわずもがな。

なんで?

 

2020年度の年金制度指数は39ヵ国中、33位やて…

「年金制度が優れている国」ランキング! 1位は「デンマーク」 日本は?【2020年度版】(ねとらぼ) - Yahoo!ニュース

 

少し昔、日本が外資企業買収したりしてブイブイ言ってたのがもう恥ずかしい感じ。

 

日本は今、どこに向かってるんだろう…

 

 

そして現場に苦悩が生まれる。

 

なんか森友事件も思いだしました。

全然違うけど、現場の人間の苦悩という意味では。

 

 

 

また、ミステリとしても、趣向が凝らされているというか、良かったです。あれ思い出しました。

 

フランスのミステリ作家ピエールルメートルの「その女アレックス」。

全く関係のないような、ふたつの視点で物語が進み、物語だけでなく人間像を逆転させていく、というやつ。

 

読み始めと時空感飛ぶ、どんでん返し。

 

 

ということで、中山七里さん良かったです。

他も読みたくなりまさした。

 

こういうのが小説や映画を超えて、ルポやドキュメントで、さらに自分の身近な問題として認識が広まればいいなぁと思います。

 

映画はプライム無料になったら観たいと思います(´∀`*)