子育て 仕事 両立 ワーママ アラフォー 映画 本 読書 感想 フリーランス 起業 正社員 40代 生き方 プライムビデオ 

子育てと正社員の仕事の両立にぎりぎりな40代の母ブログ

子育てしながら正社員として仕事しています。40代の母のブログです。コピーライター、読書、映画、プライムビデオ。育児の悩みや仕事の悩み、広告、マーケティング、家族のこと、ふと思うことを綴ります。

「フェルマーの最終定理」苦手な人こそ読んでほしい数学ロマン

フェルマーの最終定理新潮文庫 2006

サイモン・シン

 

 

非常に面白かったです!

 

数学にはこれまで全く興味なかったけど、ロマンあるなぁ。

 

フェルマーの最終定理とは、カンタンにざっくり言いますと、というかそのままですが、

x n乗+ y n乗=z n乗

nは3以上

自然数の解は存在しない

というもの。

 

もともとはピタゴラスの直角三角形の定理

x 2乗 +   y 2乗 = z 2乗

(直角三角形の斜辺の2乗はほかの2つの辺の2乗の和に等しい)

 

これを「じゃあ、3乗以上も同じなんかい?違うんかい?」という話になって、3乗以上は等しくならないよと証明したと言って中身を書かずに世を去ったのが17世紀のフランス人ピエール・ド・フェルマーさんです。

 

フェルマーさんが、わし証明したけど、余白がないから中身が書けないよ(=´∀`)

と言ってから360年間。

えー!じゃあわいが、わいが!わいが証明する!と天才たちが盛り上がるも、20世紀末まで誰も証明できなかったんですね。

で、1993年、イギリスのオックスフォード大教授のアンドリューワイルズさんが、150枚に渡る文書で証明に成功するにいたるまでの壮大な歴史ノンフィクションです。

 

面白いのは、ワイルズさんの物語だけでなく、いろんな天才たちが証明に情熱をかけてきていて、さらにフェルマーの最終定理につながる、さまざまな数学者たちのさまざまな定理や証明が登場する点です。

 

証明の成功にはワイルズさんが10歳からの夢を追い続けた情熱もあるけど、フェルマーの最終定理は、そんなさまざまな人たちの証明や理論が組み合わさって出来上がっています。

 

それで、著者のサイモン・シンさんが、この360年の歴史を非常にドラマチックに描いているんですが、さらにフェルマーの最終定理が生まれるもっと前段階の紀元前のピタゴラスやエウクレイデスにまで遡って、数学とはなんぞや、に迫っているのが、またロマンあふれ。

 

サイモン・シンさんが言うには、数学は、科学や物理学とは違って、予測や仮説を立ててそれを実証していくんじゃなくて、完璧な解があるものなんです。

だから、大部分がこう、とか、この場合はこう、とかは許されず、ゼロや無限に至るまでの絶対の真理があるんです。

その発見や証明にいたるドラマひとつひとつが丁寧に人間味たっぷりに描かれています。

 

とりわけフェルマーの最終定理の証明の下地となる楕円方程式とモジュラー形式の関連を予測した「谷山–志村予想」や、フランス革命後の混乱期に尾崎豊的生き様で早逝したエヴァリスト・ガロアの「群論」などはその中身は正直私には訳が分からないけれども、史実ながらとてもドラマチックで面白いです。

 

さらにさらに!

訳者の青木薫さんが後書きで言うようにサイモン・シンさんはインド系アメリカ人だからか、とかく白人ばかりを目立たせたがる欧米諸国のサイエンスの歴史、伝説のなかで、谷山さん、志村さんという日本人が大きな役割を果たしたことや、インド、アラビアで生まれた数字の確立や無限、ゼロなどの概念もしっかり取り上げています。

 

また4世紀のアレキサンドリアのヒュパティア(悲しくも惨殺されちゃう(涙))、18世紀のイタリアのマリア・アニェシ、エミー・ネーター、ロシアのソーニャ・コワレフスカヤ、フランス19世紀のソフィ・ジェルマンなど、天才数学者といわれながら、学位や活躍の場を与えられなかった女性たちのこともしっかり書かれてあり、なおのこと、数学史に深みをもたらしています。

 

この世に解がまだない、たったひとつの謎を、長い年月をかけて追い求める、ある意味、変わり者たちの果てなき夢。

 

あと、私自身は子供の頃、全く数学には興味が持てなかったけれど、数学も元を辿れば、子供が抱くようなシンプルな世の中のフシギやギモンから始まってるんじゃん?と思いました。

本来はとてもワクワクする学問なんだなぁ。。

なのに、何故に学校の数学の授業はあんなに面白くなかったのか。

ほんとそれも不思議。

 

 

 

 

 

 

心の知恵熱

心の知恵熱が出ました。

上野千鶴子さんを読んでから。

 

 

まだ衝撃を完全に吸収できないままなんですが、

衝撃吸収を促進し、リアルな自分の人生にうまく

順応させるためにも、

ひとつ数学の証明みたいに

自分のなかで、納得できるロジックの組み立てを試みてみたいと思います。

 

まず、上野千鶴子の何にそんなに心動かされたか?

 

 

 

自分の今が、暮らしが、あまりにも、女性差別の歴史の、日本という国の因習の、現代的帰結だったから。

 

自分の人生に照らした時に最終的にたどり着くのは、シンプルで不毛な自問です。

ひたすらネガティブな帰結です。

 

自分は結婚を考えた時に、なぜ夫を選んだのか?

 

という。

家庭や子育てにおいて、何故私はその時点で女性の生き方を尊重する相手を選ばなかったのか?

 

理由はただ私が、自分の未来について、女性の権利や差別の戦いの歴史について、今の世の中でまだそれが全く過去には成り切っていない事について、あまりに無知だった。視野が狭かった訳です。

 

自分がどう生きたいか、何を求めているかも、全然分かっていなかったし、自分に自信がないから、可能性に挑戦もしなかった。

自分のバカ!

若いうちの無知が、諦めが、いかに人生を左右するかを今更痛感。

 

無知の知

ソクラテス大先生は紀元前にすでに発見していたのに。

 

ソクラテスの時代だって女性は半人前扱いだったんですけどねー。

 

 

そんなネガティブな知恵熱で、もうこの先どう生きたらいいのかカオス。絶望感すら。

 

上野千鶴子、劇薬!

 

まあでも。

どうであれ、過去の選択は変えようがない訳で、子供たちに会わせてくれた、その点については彼がいてくれた事を否定するのもなんか違うし。

 

夫婦の在り方としては納得いかなくても、価値観が全く違っても、世の中には仕方がない事もたくさんあるから。

 

でも、私は娘に「女性は差別されてきて、まだ日本には差別が根強く残ってるんだよ。仕方ないんだよ」と言いたくないです。

 

お母さんはね、仕方なく、あんた達のために我慢してるんだよ、とか言いたくない。

 

かと言ってまだ学生の娘に女性の歴史を熱く語っても、伝わるか分からない、むしろ半分も伝わらない感じもします。

実際に多かれ少なかれ生活家計共同体のなかで、我慢し合うということはあるけれど、お互いさまなそれとは分けて考えた時、圧倒的に過剰で、不要な「母」の負担が山のようにうず高く積まれている、そのことに子供のうちは気づかないので、娘は多分まだ理解できないと踏んでいます。

私がそうだったから。というかむしろ私の両親は私たち夫婦よりずっとフェアな夫婦でした。

それが私を世間知らずにしたのかしら。。

 

ともかくそのジレンマをまずどう解消するか。

過去は変わらない。

涙なしには受け止めきれない虐げられてきた女性の歴史。私たちは理不尽に虐げられている!という感覚を持ち合わせることも、叫ぶことも、未だに憚られる中で。そんなこというフェミニストは偏ってるよね、ちょっと過激だよね、みたいな空気に包まれている平和な日常で。空気読むのが至上命題になりがちな日本で。

 

 

世の中は段々と貧しくなり、男性が収入を減らし、

女性の社会進出が推奨されながら、同時に母性の神話や性差役割分担が当たり前に根っこにある現代社会のねじれ現象。

 

それに対して、私にはどうする力もないんです。無力!

 

こんな悲しい気持ちでこの先ずっとこの社会に我慢して、生きていかなきゃならないのか。

 

もう絶望に近いです。

上野千鶴子さん。

あなたみたいに私は賢くも強くもない。

 

涙に枕がぬれます…

 

 

でも。

一つだけ。

私ができる事があることに気付きました。

 

少なくとも、自分の「これから」の人生や選択肢は自分次第。

自分の意志で選んで生きていく。

それが、私の唯一にして無二のできることやん!!

と。

 

まだ諦めちゃなんねー。

希望はある。むしろかなりある。

 

 

ここで大切なことは過去の経験を踏まえて、できる限り賢い選択をしなければならないという事です。

 

選択の結果を長い目で見ることも。

人類の歴史が変わる新たな1ページかな、くらいの長丁場で。

 

そして、おばさんが遅咲きのフェミニズムに目覚めている横で、若者たちがきっと新しい、多様で自由で明るいカップルのメインストリームを作っていってくれるはず(*´ω`*)

 

私ができるのは、そういう若者たちの邪魔をする老害的存在にならず、陰ながら応援していくことです。娘や息子含めて。

 

電車に乗っていた時に聞いていた、ふと流れてきた音楽で、ガガ様は歌います。

 

どんな人も関係ない

神様は間違ってない

それがあなたの道なんだよ

その道を行けばいい

 

貧しい人も金持ちも

白人黒人チョラ東洋

ゲイバイレズビアントランスジェンダー

みんな正しい道を選んでいる

生きていく勇気を持って生まれてきた道

 

すっかり電車に乗らなくなって忘れてました。ガガ様、すごいことをパワフルに歌っていたんでした。

沁みました。

めちゃくちゃど真ん中な解がここにありました。

 

上野千鶴子

ガガ様

 

解。完成?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上野千鶴子への原点回帰と、弱者としてどう生きるか

 

 

自分向けに。

 

 

娘向けに。娘が読むかも未知だけど、もう5年くらいしたら息子にも読んで欲しいです。

 

3周回って、東大教授(今は定年退職された)でフェミニズムの大御所、上野千鶴子さんに原点回帰。

めっちゃくそ面白かったです。

実は上野千鶴子さんの本はこれまで読んだことがありませんでした。

 

何故か?

なんだか難しそう…東大の学者さんの学問は凡人には分からんだろな…

というバイアスかなあ。ハイ。

 

でもここにきて、退職されて10数年経った今だからというか、フェミニズム意識の高低や世代差を取っ払った日本の女性全般を読書層に想定した、特に若い人想定かな?分かりやすい本を続々と出版している感じなので、これまでより近寄りがたい感じが薄れたというか。

自分でも本業の研究を離れて、次の世代たちに残していく仕事に比重を移されたのかなあ?なんて。

 

何にしろ、この2冊はめちゃくちゃ分かりやすくて読みやすかったです。

 

そして痛快。

私が普段、ギリギリと歯ぎしりしてきた日常に堂々と横たわる「いやこれっておかしくねー?」という全てに対してを語ってくれていて、しかもきちんとデータを分析して解を出してくれているから、それはもう、知の感動がビリビリ体に走りました!

 

知の感動って、不思議です。

心も走り回ります。

 

 

でも。知の感動は副反応も強いです。

悲しくもなるんですね。

何故なら、私の目の前の「なんだこれ」が、いよいよ、間違いなく、伝統と変化、固定観念現代社会とのねじれ現象から複雑化し、見える化されてこなかった女性差別見える化されたわけで。

無知なままで「私が考えすぎかもしれない」なんて逃げ道を絶たれてしまうわけで。

私は20代の頃から女性の方が家事や育児や介護に向いてるとか、一切信じてないですよ。

家父長制は現代に価値はないと思ってきたし。

当たり前に。

 

でも社会や男性の間ではまだそれを捨てきれていない事をあの頃まだ知らなかったのも事実。

 

そうやって

 

家を守る役目

社会進出

久しく女性が課されたダブルスタンダードに疲弊して十数年。

 

当事者なんですよね。私。

まさに千鶴子さんのいう。

 

千鶴子さんは、間違った選択はキャンセルしたらいいやんか、とおっしゃっています。

自分を大事にできない環境や存在はいらないと。

そっか、私って私を大事にできない環境を選んできちまったんだね…

改めて今のダブルスタンダードのおかしさに、怒りより悲しみ。

昔はね、まだ子供が小さいうちは、正社員になる事を目標にがむしゃらに全てをこなしてきて、得たものが現在。

でも、どうでしょう。

確かに収入は増えたし、コロナ禍でリストラまでしちゃった大嫌いな会社も今年はボーナスでるまでになったし、わずかだけど昇給もありました。子供たちもぐんと成長して直接的な手はかからなくなりました。

でも私が目指したのは、収入増や子供の巣立ちはもちろんだけど、それだけなのか?

自分の人生で男女の格差がないようにしたい。

そうじゃないの?

だとして、それは解決したのかい?

答え=否

なんで?

私が自分を大事にできる環境ではないから。

 

パートナーとして夫とそういう夫婦関係になれてないからです。

仕事だって本当はフリーランスになりたい。

 

かれこれ3週間続く腰痛の中、痛みを堪えて家事をほぼこなしてる自分に違和感が生まれてしまっています。

 

しかし、世の女性たちはあんまり怒ってないように思えます。

私は当事者じゃないってフリ?だってみんな愚痴は言っても、女性差別だーと怒って闘わないです。

 

日本の男性パートナーが実は千鶴子さんの研究以上に理解ある欧米感覚の持ち主なの?日本人男性のなかでも例外的にうちの夫が差別的なの?

 

または怒る余裕ないから?確かに女の経済的な自立は言っても簡単じゃないです。男女の賃金格差、非正規雇用率の全部が物語ってます。それが今は男性にも広がってるくらいだし。私もいちばん気が重いのはこの経済力。正社員だからって今の時代、なんにも安心できません。ましてやフリーランスなんて不安定の見本です。ジョブ型雇用も日本企業では現実なかなか浸透しないし。

 

あとフェミニズム自体がまだまだバイアスある?これだけ多様性とかジェンダーフリーが謳われていても、我が事として我が家のこととして扱うには世間体が邪魔するのか。

それにまず、こんな頑張ってる自分って、それでもこんなにもまだ弱者だったと突きつけられるのもやるせないものです。

 

千鶴子さんの研究は、自分自身の逃げ腰な選択や生き方に、ズバズバ刺さって、当事者の苦々しさみたいなのを感じてしまいます。

 

劇薬の苦味がガチで辛い。

 

でも、やっぱり読むべき。だからこそ読むべき。

だってこの本に書かれてあることは本当のことだから。

 

千鶴子さんは統計やデータをバンバン出すんですけど、統計やデータは辛辣です。

 

日本の女性の管理職割合が先進国で下から2番目なのは有名だけど、男女の賃金格差や非正規雇用率も、こっわこの国!レベルだけど、

そんな統計はもう何年も前から出されていて、先の管理職割合の低さなんかは、日本は国連から勧告まで受けてるんですって。

 

この成長のなさ、あかんよ!ちゃんと取り組んで!と。

しかも管理職割合の男女比目標いくらって人口比に即した全体の半分の50%とは違うです。30%が目標。実際は4%台そこら…

ヤバい。

 

あと、膝を打ったのが、主婦の労働。

主婦のお仕事はれっきとした労働、だけど賃金としての価値は一切持たされていない不払い労働ってのは私もずっと思っていて、それを研究してくれてたんです。千鶴子先生は。

 

子育て、介護抜きで年296万円。

育児や介護入れたら500万円。

これがまあ一円も払われていない訳としてはなんなんだって謎に、真っ向から挑む千鶴子。

 

無償の愛とかそんな答えは聞きたくねー、と猛る千鶴子♪( ´▽`)ステキー

 

要は掃除や飯炊きや育児や介護といったものは、家にいる女がやるような、たいしたことない仕事だろって考えの家父長制と、市場以外を経済に換算しない資本主義が妥協点見つけて折り合いつけた、って話です。

 

これね、私の仕事の年収に、育児と家事労働分の賃金を足したら夫の収入の倍近くになります。

 

✳︎ちなみに、子供2人を養っていくのに必要な世帯年収は600万といわれています。

 

 

とはいえ本書が帰結するのは今や未来への大いなる「希望」です。

 

さすが80年代から研究続けてきているなという時代の変遷で、上野千鶴子さんが感じてきた、

 

少しずつ少しずつ変わってきた!

 

いや、女性たちが変えてきた!

 

怒りをパワーにして!

 

これも紛れもない事実で。

 

女性社員が会社でお茶くみしなくて良くなったのは、女性たちが怒って変化を求めてきた成果なんだよと。たくさんの犠牲を払いながら。

 

 

それにしても千鶴子さんの研究の中身は、知の発見に溢れていますが、過去にどこかで見たことある既視感があります。概念は基礎としてあって、今改めてきちんと本で理論として知った感じ。千鶴子氏は、私の潜在意識にあるフェミニズムの知識のほぼ生みの親かも?

 

と改めて、その研究の成果ともたらした社会へのインパクトやイノベーションに、リスペクト200%。

 

で、ここからが、私の中のキモなんです。

 

じゃあフェミニズムってなんなのさ?

男が作った社会が嫌だと負けじに強くなって男性と戦ってみる事?

 

千鶴子さんは言います。

 

そうじゃないと。

 

弱者が弱者のままで尊重される社会を求める思想

 

だと。

 

で、弱者って、強者の未来の姿だよと。

どんなにしたって、じいさんばあさんになれば、何かに依存しないと生きてけないんだからと。

赤ちゃんと同じよに。

 

だよね✖︎1000

 

虐げられた支配される側が支配する側に取って代わるのがフェミニズムじゃないんですね。

どんな人も尊重しようぜーい!ただただそれ。

 

男女ともにハッピーな世の中。

だって男性も、女性を守らねばという使命も、一家の経済担当というプレッシャーからも、男は泣くんじゃない"らしさ"からも解き放たれるんだから。

 

千鶴子さんは、きっと男性も辛いだろうに何故、男性は女性運動やフェミニズムみたいな風に男性運動を始めないのかなー。と問います。

 

私も分からないので、今度夫に聞いてみます。

 

人は変わらない

 

でも自分は変えられる

 

逃げ腰な自分よ

 

考えろ

 

そして自分の人生に納得いく答えを探すのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NHK朝ドラ備忘録 2022 ちむどんどん

 

 沖縄が好きさぁ〜

ということで待ってました!

いま、朝ドラが楽しみです。

まだ子役たちの時代ですが、もう面白い。

毎回泣ける。

 

お父さん=大森南朋さんの三線のシーン、めちゃくちゃ染みる〜のに、お父さんあっけなすぎ。

4人兄妹のダメさやケンカも面白いし、アベベとアババ(育てた豚がごちそうへ)の回も良かったし、そして、飯場で働くお母さんの苦労…

日当がドル札…

何げない戦闘機の騒音…

ズックも体操着もボロボロな運動会…

俺はアベベだ!と裸足で走る兄と仲間たち…

あかん

全シーン泣いてまう。。

 

 

ちゅらさんも好きだったけど、沖縄が舞台のドラマは笑いが似合います。今回もそこに期待してて、でもまあまあシリアスに進むなぁと思ってたらやっぱり面白シーンいっぱい!

なんでだろうね? →ウチナーの発音で(´∀`*)

やっぱりね、太陽というか、空気がそうさせるのかしら。

 

 

ヒロインは成長したら、料理をならいに東京行くみたいなのですが、いやだ!→今日の流れではすぐ??

 

ずっと沖縄バージョンやってほしい!!

イカ墨ジューシー食ってたらいい!

アベベ

 

 

懐かしいちゅらさん


岡田惠和さん脚本。

 

ちむどんどんは羽原大介さんが脚本。

パッチギ!フラガールとかで日本アカデミー脚本賞とってますね。なぜか「ふたりはプリキュア」の脚本も書いてはる…幅広い…

 

脚本でいうと、去年の「おかえりモネ」の脚本も良かったです。

安達奈緒子さん。

サラーっとしがちな朝ドラで、珍しく人間の深いところ刺す脚本だったですよ。沁みましたよ。

 

ラブコメ王道!「消えた初恋」

 

 

30分全10話のドラマ。U-NEXTの体験版(なんやかやで有料…)で観たけど、深夜にテレビでやってた記憶。

 

我が家のお嬢ちゃまがファンでどうしても観たいと言い出して。道枝くんじゃなくて、目黒蓮くん。

 

 

いや。良かったっす!

ハイスクールラブコメな王道!

 

新しいのは、男子同士なところ。

でもいわゆるBLではないんです。

禁断の…みたいな扱いでも、偏見を乗り越えて!みたいなヒューマンでもなく、あくまでポップなラブコメ。王道ど真ん中。

 

基本は高校生のラブコメに興味がないですが、演出もよいし、みんな爽やかでいい奴、いい話。観てて、頑張ってー!と思いました。

 

目黒蓮くんが出てくるたびに、我が家のお嬢ちゃまが、かっこい!かっこい!とうるさかったです。

 

ジャニーズ人気者がこんなんやるって

時代は確実に変わってきてる!

こんなドラマが月曜9時とかに出来たら、いいですよね。学校行くのが楽しくなりそう。

 

高校生ってキラキラで、いいなぁ(=´∀`)

 

原作は人気少女漫画。

 

 

 

「余命10年」小説の方

 

 

 

我が家のお嬢ちゃまが、映画を観て感動したらしいです。じゃあ原作の小説を読もうよーっておすすめ大作戦。

結局わたしだけ読みましたとさ。

ネタバレてます。

 

 

「誰かの死」ではなく、20代の「私の死」を描いた小説です。私小説に近い傑作です。

 

 

難病で20歳で余命10年を宣告された主人公。生きた証を残すための7年と死の準備をしていく最期の3年。特に最期の3年の、経験者だからこその肉迫した描写にやるせなくなりました。

 

若いのに、まだまだ若いのに、まるで老衰した老人のように、奪われていく肉体の自由と心。長く病気と付き合うということをよく分かっている人の告白です。

 

私ももうすぐ50代。若さよりも、老いの気配を感じることも増えるわけで、昔出来ていたことが出来なくなることをしばしば身に染みて感じることもあります。

でも、その怖さをまだ本当には知りません。

 

ただ、うちのお父さんが癌で亡くなる晩年の様子は知っていて、日に日につのる本人の衰弱ぶりや苛立ちを目の当たりにはしています。

 

それを知る限り、一つずつ出来ないことが増え、食べたり話したりだけでなく、人としての最低限の自由が奪われて、もはや目に移るものさえ小さく閉じ込められていく。

生きる気力を削がれ、その絶望、小さな希望、葛藤。

ヒトはキレイには死なないって知りました。

 

死と向き合うってのは、過酷です。

父のように70年以上生きたとしても、まだそんな覚悟が持てないのに、若さはより現実を受け入れ難くするはずです。

 

特に印象に残ったのは、主人公が必死に孤独を受け入れようと、死との折り合いというか、準備をしていくラストの方。文庫化で加筆されたという闘病部分です。よくぞ書けたなと。

 

ごめんということ、ありがとうということ、好きですということの全てをやりとげ、思い出を胸に、全てを捨て、ただ家族だけが実質的に私を生かすものとして残り、でももう生きることから解放されたい。

でも解放されるためには、死の恐怖を体験しなければならない。

 

主人公は、好きな人と出会い、親友と呼べる仲間を見つけ、漫画を描く事で自分の生きた証を残します。

だけど、言うんです。

どんな生き方だったとしても、同じように死んでいくんだと。

主人公が死と向き合う姿や心を描いた数ページが胸に迫ります。

 

私はどんな風に死ぬんだろう。

きっとやっぱりキレイには死ねない。

だけど、生きなければならない苦しみもまた、残された人にある。

だから死ぬ人は孤独に死ぬ方がいい。

でも、寂しい。

その寂しさを、老いがゆっくり教えてくれ、いつかああ、死に向かうのはこういう感じなのかと準備ができるならば、老える事は少し幸運なのかもしれません。

 

 

クリミナル・マインドという日常(のロスの悲しみ)

 

シアトルの絞殺魔

シアトルの絞殺魔

  • Matthew Gray Gubler
Amazon

 

3月末までHuluで見放題だったんですが、Huluって、見放題が終わると、有料に切り替わるでもなくて、なんにも見れなくなるんですね。

シーズン5の第1話まで観て、見放題が終了。4月1日から当然のように観れなくなりクリミナルマインドロスに…

 

あまりに残念で、有料でもいい!クリミナルマインドがない日々なんて、嫌だ!と、プライムビデオで、1話300円払ってシーズン5の第10話まで観てしまいました…

 

でも投資額が3000円を超えそうになって、いやそれはいくらなんでも、やっちゃいけない。

シーズン10まであるウォーキングデッドも我慢したんだから、シーズン15まであるクリミナルマインドはなおのこと。

有料で最後まで観ちゃうとなれば、破産しかねない。という心の駆け引きの末、とどまりました。

 

早くプライムで無料になりますよう祈りつつ…

 

クリミナルマインドは、FBIのプロファイリングチームBAUが舞台。毎回、チームがシリアルキラーを見つけ出し捕まえるために、アメリカ中を専用ジェットで飛び回ります。

 

シーズン1は2005年にスタートしていて、最初の頃は

「おい気づけよ」「早くつかまえて!」という焦らしシーンが割と多くて少しヤキモキすることもあったんですが、毎回しつこく観ているうちにプロファイリングのロジックの巧みさとか、チームメンバーのクールな仕事ぶりに、これは面白いなあと。

以下、ネタバレあります。

 

「クリミナル・マインド」ここがいい!

 

疲弊しつつもプロフェッショナル

criminal mind=犯罪心理、犯罪者の心

という意味かと思うんですが、毎回、犯罪動機が簡単には読めない異常犯罪がオンパレードに出てきます。

被害者や殺人のスタイルなどで、犯人がとった行動や残したサインの意味を、犯罪心理学や過去のケーススタディなどをもとに、プロファイルして犯人象をあぶり出し、該当者を絞り込んで捕まえます。

この手順がシンプルに面白いです。

BAUメンバーが個性がありつつも役割分担と連携がとれていて、プロフェッショナルぶりが小気味いいです。また人間の闇に迫る過酷な仕事だから、基本みんなハートが強いんですよね。

でもそんな鉄の心を持つメンバーたちも、自分が危険な目に遭ったり、家族や仲間が巻き込まれたりで、心が折れてしまう時もあるんですよ。

シーズン1からの中心メンバーだった女性捜査官のエルもシーズン2で戻らなかったし、ベテランのギデオンも、もうダメ…とシーズン3だったかで辞めてしまいます。

若手天才学者のリードも拷問されて、助かったもののPTSD発症するし、「どんな時も笑わない」と言われるボスであるホッチなんか、仕事が原因で離婚した上に上層部に睨まれ、しかも結局、家族を殺され…

という容赦ないストーリー展開。

実際にはここまでじゃないとしても、捜査官って職業人としてすごいなぁと感じます。

 

 

差別、貧困をためらわず描く

毎回、犯罪プロファイリングを通して人間の闇に迫る中で、やっぱり犯罪者が犯罪者になってしまう背景というのが肝になってくるんですね。

 

で、時に犯罪者は、自分自身が過酷な過去を経験したりしています。つまり犯罪者自身が先になんらかの被害者であったりする、ということもあるわけです。

虐待サバイバーだったり、誘拐されていたり、犯行を見たり手伝わされたり、食べるものさえない状況を長く経験していたり、社会から締め出されていたり、差別されていたり、戦争を経験していたり…

 

もちろんだからってシリアルキラーは理解の範疇を越えたところに病理の怖さ、闇があるし、クリミナルマインドでも、BAUはみんな犯罪憎し、被害者を助けたい、その強い使命感を土台にはしているんです。

ただ一方で、単純に陰惨で極悪な犯罪を正義で罰すれば世の中が変わる風には描いていなくて。

それはプロファイリングという技術が犯罪者の心理を追っていく、理解しようとする作業であることを出発点にしている事からも感じるんですが、広い視野での人間の悲しさや社会のひずみを浮き彫りにすることをテーマの一つに置いているわけです。

犯罪描写の陰惨さやグロさが、とかく取り上げられがちですが、クリミナルマインドの本質的なリアリティの凄みは、社会そのものを深掘りする姿勢にこそある、と私は思います。

 

 

命の重み、ドキュメンタリー的真面目さ

BAUメンバーが毎回犯人をしっかり捕まえる(もしくはやっつける)としても、いくら強い使命感があっても、やっぱりみんな悩むんですよね。

もっと早く、1人でも多く、助ける事が出来なかったのかと。

そして遺族の心にすごく寄り添うんですよ。

 

それが分かるセリフをホッチが言うシーンがあって、とてもカッコよくて英語字幕に切り替えながら、メモしてしまいました。

 

シーズン4の第9話。新しくやってきたメンバーに対してホッチのセリフ。ちょい長いです。

 

I don't know how did things in Counter -Terrorism.

But we don't make it habit lie to get the job done.

 I don't know you represent the FBI ,

you represent this team

to press,to police,and to the families who are struggling with some of the hardest times of their lives.

If you get caught in a lie , The trust we depend on to help solve these crimes disappears.

Do I make myself clear?

 

これ必死に単語の意味調べました(o^^o)

合ってるのかよく分からない部分もあるし、聞き取り間違いもあるかもですが…ホッチが言いたいこととして全体の雰囲気を簡単に書くと、

「君の前の職場じゃ知らんけど、BAUでは仕事で“嘘“は使わない。君はFBIやこのチームの代表なんだろ?報道機関にも、警察(BAU派遣先の現場)にも、人生のなかで最も困難な時にいる(被害者の)家族に対しても。

もし一度でも君が嘘をつけば、犯罪解決のために私たちが費やしてきた信用は消えるんだ」

みたいな?

で、最後の

Do I make myself clear? は、私は私自身を明確にしてる?→言ってること分かる?みたいな感じ。立場が上の人がお説教する時に「分かりましたか?」という意味合いで使うそうです。

まあそこはどうでもいいんですが。

 

で、これを聞いた時に、脚本含めた作り手の、こう真面目さというか、あれだけ毎回何人も殺されていても、一つの命も決して軽んじてはいけないという気風を感じたといいますか。

 

このね、クリミナルマインドの真面目すぎる真面目さをずーっと観ていたら、いつものように、他の刑事ドラマが、なんだかつまらなくなってしまうという現象に襲われて、なんでなんだろう?と考えたんですが、クリミナルマインドがひたすら「淡々としている」からではないか、と。

ドキュメンタリーぽい作りというか。

 

登場人物に個性はあるし、私生活が出てこない訳でもないんだけど、基本的に出来事が淡々と進んで淡々と終わります。

だからこそ、いつも淡々としているホッチのこの感情的にも思えるセリフがぐっときたのかもしれません。


でもやっぱりフィクションだから観れるんですけどね( ´ ▽ ` )

 

 

じわる登場人物

まず主要キャラクターがあんまりエンタメ色がない気がします。だって主人公がおじさん。

 

しかもなんてゆーか、美男子でもないし、ちょいもっさりしてます。ギデオンもロッシも。ホッチは昭和風ハンサムだけど。

リードは若いしイケメンだけど、針金とか言われてるし、毎回カーディガンだし。女性陣は何故かとっても美人(о´∀`о)。JJなんてアメリカ的に金髪美人過ぎます(もっともさっとしてほしい)。ただ人柄はみんな性差を感じさせないさっぱり感。

で、ITエンジニアのペネローペガルシアが群を抜いて個性派女子で、めっちゃ好きです。きっと女性層から人気!

そしてBAUの中でも唯一の黒人で普通の人キャラが、シェマームーア演じるデレクモーガンです。

シェマーは、スワットの出演から15年以上前にクリミナルマインドに出ているわけですが、全然風貌が変わらないです。どうなっているんでしょう。

唯一のイケメンでモテ男で、常識人。

私はスワットのホンドーも好きですが、クリミナルマインドのモーガンのシェマーも好きだな。ガルシアとも仲良いし。

 

 

ということで、クリミナルマインドはシーズン15まであるので、まだあと10シーズン観ないとその真髄はつかめないかもしれません。言っても、私なんかまだまだ初心者!(な割に語りたがる)

また新たなキャラクターが出てくるでしょうし、展開もまだまだ未知。楽しみすぎます!

 

早く早くプライムで無料になりますように♪(´ε` )

 

 

 

 

 

 

 

 

スワット シーズン3に出てくるヨシダさんって!

 

免責

免責

  • Shemar Moore
Amazon

 

見たのはプライムでなくて、Huluです。

今なら見放題!

プライムは有料なんですが、

ハテナにHuluリンクないから、プライムですみません。。

 

まだ全話見終わってないんですが、13話かな。

 

液体らしく

液体らしく

  • Shemar Moore
Amazon

 

舞台は東京なんです!

ホンドー、ヒックス、タンで来日!

小澤征爾さんの御子息の俳優の小澤征悦(ゆきよしって読むの初めて知りました)さんが出てきますよ!

サンフランシスコ出身だから英語できるんですね。

 

でも後は知らない人ばかり。

キーキャラのキムラ役の人、明らかに日本語できてない(´・∀・`)

どういう人選かナゾが深まり、実にミステリアス。

 

で、描かれる舞台は渋谷のスクランブルはいいとして、ギンギラの電飾施した女子プロレス会場ってなんだ?

 

いやー。ミステリアス。

 

でも何よりね、ヨシダさんですよ。ヒックスと昔馴染みの警視庁の。

 

タンを避けてるんですよね。名刺をタンだけ渡さなかったり、タンだけ現場に行かせなかったり。

なんでそんなイケズ?って、実にナゾなんですが、最後にヨシダさん本人の口からナゾが明かされるんです。

 

自分のお父さんが昔中国と戦ってたから。

 

とな…

あータンって中国人でしたっけね。

 

いやヨシダさん、見積もっても55歳として、お父さんいくつよ?

ヨシダさんは1965年生まれと考えて、お父さんが45歳で出来た子として、お父さん終戦時25歳。…ありえるか…(・ω・)

 

いやまあ、それはヨシとしてですね。

21世紀も20年経つ今、80年前の個人的感情を引きずる公人ってどうなのよ?ってのと、かつてアジアを侵略していたのは日本なんで、グローバル感覚的には逆じゃない??あとそれ言っちゃうなら、80年前に日本に原爆落とした国は…とかね。そこ言い出すと、ヨシダさん、なぜ??と。もしかしてヨシダさんのお父さん、日本軍じゃなく他国の傭兵だったのかな…

 

と思いつつも、そこもまあ人それぞれに思いがある、と解釈するとして。

 

ただ、なんだか考えちゃったのは、このヨシダさんのイケズのチャチさ。要はアメリカ人には、日本人って嫌いな国の人に、しょうもないイケズを大人がしちゃうよね…はっきりモノ言わずにやっすいイケズするタイプよね、なんて思われてると考えたら、なんか悲しいです(´・_・`)

 

もうこうなったら警視庁のヨシダより、日本語できてないギャングのキムラの方がさっぱりいい奴に思えるくらい。

 

ヨシダ氏!日本代表としてそんな小さくまとまらないでおくれよ!

タンはいい奴だよ!

 

欧米の人たちに混じると、同じアジア人であり、若かりし頃の堤真一さん似なんで、ドラマでは親近感しかなかったです。

 

ただただ。

こんなチャチな仲間はずれするのは警視庁のヨシダさんだけで、日本人みんなが、他国の人にそのようにイケズする訳ではない事をアメリカの人には知っておいてほしいと願います(о´∀`о)

 

まあドラマとはいえ3人とも来日してキャッキャと楽しそうにしてたから、結果的には良かったかな!

 

それにしても、スワット、シーズン3からなんかが変わった気がして仕方ないんです。

なんだろなぁ。

シェマームーア(ホンドー)をクリミナルマインドでも見てるからかなあ。

 

 

 

 

 

「好き」にアホであれ

子供に将来何になりたいか?聞くことがしばしばあります。

娘は、小学生の頃はパティシエと言ってました。

高校生の今もたまにお菓子を自作しているので、基本、お菓子作りは楽しいようです。今は職業にしたいとまでは思ってなさそうだけども。で、じゃあ何になりたいか聞いたら、ずっとJKやってたいらしいです。まあ今が楽しいのはいいことでしょうか?

 

小学生の息子は、…なんにもしたくないそう。できれば大人になっても働かずにゲームしてたいそう。

 

まあ夢がない。

 

自分が子供の頃はなりたいものが時代時代にあったなあーと思うんですけど、今ってそうじゃないの?

 

私が小学生の頃になりたかったのは、低学年の時は歌手。次に漫画家、弁護士。で、高校生では絵の道やら小説家やら詩人、大学生では(まだ夢見る子)新聞記者。

 

でそのどれにもなれてないんですが。

ただ、今現在、末端ながらもライターとしてお給料もらっているんで、かろうじて文章書く人としては、まんざら夢を夢のままでは終わらせないで(渡辺美里)いれたという気がしないでもないです。

 

で、どんな言い訳もできないくらいに大人になりきってしまった今。

今更に気づいたのは、結局夢を夢で終わらせてしまったのは何だったか、その原因と理由です。

 

今思えば、それは才能とか努力とかでなく、単に諦めたから、なんじゃないかなあと。

 

諦めたらそこで試合終了ですよ

安西先生

 

たとえば漫画家。毎月、りぼんとなかよしと別マと別フレ別コミ読んで、女の子ばっかり描いてたんです。で、読むだけでなく描くのが好きすぎて、これは…漫画家目指すしかない!と、当時、漫画雑誌に広告が載っていたマンガレッスンできる通信教育を親にねだってやらせてもらいました。

で1か月で放り出しました。

何が引っかかったかというと「一度描いた同じ人の顔が2度と描けない」。

 

でも、同一人物を描くなんてストーリーモノには基本中の基本だし、ていうか描けないと話にならないんで、速攻で私って才能ないなと、諦めました。

 

芸大目指した時も予備校でめちゃくちゃデッサンが上手い人がいて、びびってしまいました。こんな上手い人がわんさかいるなら私に勝ち目はないとすぐ予備校からとんずら。

 

親はお金ドブ捨て。

 

…つまり。

私って、逃げちゃう人生なんだよなぁと。

勝負にも出ずに、土俵上がる前に降りてしまう。

 

今思えば、そこで頑張っておけよ自分…に尽きるんですが、頑張れない限りは何にもないのと同じだなぁと。

 

よく夫が「夢があっても才能のあるなしは仕方ない」と言ってるんですが、私はそうは思わなくて、何故なら、私がまさにそうなんですが、才能うんぬんの前にどれだけの人が好きな事に真正面からぶつかってきたんだろうと。

 

結局才能とかでなく、やるか、やらないかでないか?いや、そのやるかやらないかで、やるを選ぶのが才能なんかもしれませんね。

 

だから逆に考えたら、やれば何かは変わっていく訳で、それを妨げる1番の敵は、ただただ舞台に上がって、お前には才能はないと突きつけられるのが怖くて、結果舞台にすら上がらなかった、自分なんかなと。

 

結局アイデアとやったもん勝ちやで。

なんてのを「進撃の巨人」読んで逆説的に思ったりしました。

漫画家としての成功体験はあくまで後から付いてくる枝分かれのラッキーな選択肢で。

 

だから子供たちには、それがどんな突拍子ない夢であっても、まずはただただ「好き」に正直に、アホであれ。

と言いたいです。

 

が、彼らには夢がないという…

 

YouTuberめざそうよー

スタンダードでいいよー

なんだっていいからー

 

 

 

 

アラフィフからの楽しい英語のお勉強2 ー英検準2級合格〜

今さらだけど、日本以外の価値観に触れたい→アメリカドラマはまる→英語話したい→アプリ→英会話教室→英検準2級目指す

 

でかれこれ。

分からないけど数年月。

 

分かりやすく目指せるものとして、英検準2級に挑戦し、合格しましたー。

 

いやいや、楽しかったです(о´∀`о)

 

最初は赤本だけやりまくってたんですが、ライティングと面接の練習がなかなか1人では難しく、

で、私の英会話教室の先生が元面接官だったのと、高校でも教えてて英検に通じてる人で、ずっとレッスンしてもらいました。

 

英検の勉強ってまず「型」を覚えて行くんですよ。特にライティングと面接は「型」が大事。

決まったまわし文句ですね。それを覚えてあとは、その型に設問に合わせた回答を入れて文章を構成するんですね。

 

そんなルールも全く分かってなかったから、いやほんと、、、独学だけなら落ちとてたかも。先生ありがとうです(´∀`*)

 

で、この考えるな!型を覚えよ!な感じ、いかにも日本的だなぁ、こんなんでほんまに英語話せるようなるんかなぁ…と最初は思ってたんですね。

 

日本のザ受験みたいなイメージ?

 

でも何回も赤本やったりレッスンするうちに、このパターン化や繰り返しこそが、基礎には大事なんかなと段々と思えてきて。

 

てゆーか、まず赤本のライティングで私って基礎力がないなと痛感しました。

 

ライティングは60単語くらいで英文を書きなさい(単語数守るのめ大事!)てやつなんですが、〇〇についてあなたはどう思いますか?て聞かれるんです。

 

たとえば、若者にとってファストフードは良いと思いますか?みたいな。だいたい健康系かIT系多し。

 

で、型を何も知らない私は純粋に、

まず、うーむ、、て自分の考えに日本語で悩みます。

で根が真面目な上に屁理屈言いだから、

時と場合によります。若者にはファストフードはすでに食文化の一部になっていますが、昨今は食材の安全性やまた手作りの味わいが見直され、SDGsの観点からも、培われてきた郷土食文化の重要性が謳われています。

 

みたいなこと考えるんですね。

じゃあこれを英語にして作文書け、スピーチしろ、って、はい無理ー!

 

でイギリス人のマイティーチャーから「難しく考えないで!!!」と注意されまして。

 

そうじゃないんです。型があるんだと。

そしてとにかくsimpleにと!

 

 

まずイエスかノーで答える。で私はファストフードは良くないと思います。と。

で何故なら、野菜を食べないからです。健康に悪いです。

 

これでオッケーなんだよと。

 

えー!!!

 

47歳。頭が硬い、すれっからしゆえの逆転的逆説的発見。

何のこっちゃ。

でもでも確かに。

いわば準2級は日本の高校生の基礎レベルですから、シンプルにファストフードはヘルシーじゃない、と答えられずして、何が英会話と。

SDGsを語るなんざ100万年早いぞと。

 

たとえばアメリカにポンっと行ったとして、どっちがネイティブ相手に効率的にコミュニケーションはかれるか、私って人間の考えを伝えられるかって断絶シンプルな受け答えだなと納得。

 

まあそんなこんなで、目から鱗に楽しかったです。

 

二次試験の面接も、緊張で頭が真っ白になり、かなりしどろもどろだったんですが、読みと態度点が満点取れて、なぜかあんなしどろもどろだったけれどさほど悪い点でもなく。きっとしどろもどろ隠しにひたすらニコニコしてたからかな?アイムナーバス、けへへ(´・∀・`)みたいな。なんて思ってます。

 

で。

この英検受験でね。

いちばん鍛えられたのは、周りを気にしない精神力かもしれません。

 

一次も二次も試験会場はなんせ周りは中高生ばかり。そこにおばちゃんが保護者のフリして受験生として混じる感じがだいぶ居心地悪かったんです。。

誰もなんにも言ってたりしないし、じろじろ見られるんでもないんだけど。たまーに私より上めなおじちゃんおばちゃんがいて、すごい仲間意識が(笑)

 

次は2級を目指す予定ですが、おそらく同じ目に合うので、心頭を滅却して自己集中し乗り越えていきたいと思います(´∀`*)