観てきました。
全国8ヵ所でしか上映していない「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」。
混んでました。
素晴らしかったです。
舞台はアメリカ、ベトナム、沖縄。
全編英語の非常にリアルな描写。
塚本晋也監督、すごいです。
ネタバレあり。
前半、ベトナムでの戦場シーンがとにかく、えげつなく。
熱帯雨林のジャングルのなかでのゲリラ戦。
女も子どもも含めて村人を手当たり次第殺していくアメリカ兵の姿は、錯乱状態に陥った小動物の群のようでもあり、底知れない怖さがありました。
ベトナムへ行く前に訓練に赴いた沖縄で、ネルソンさんたちアメリカ兵は、アジア人を「人としてみない」ように叩き込まれます。
休暇日の彼らは風俗嬢にもタクシーの運転手にも報酬を支払わず、殴り蹴り、そしてなんら罪に問われることなく戦地へ旅立ちます。
日常の暴力と戦場の暴力が地続きで繋がっていきます。
そして殺戮に慣れきったころ、ある日ボコボコにしたベトコンの青年に、初めて問われるのです。
「私たちは自由のために戦っている。黒人であるあんたたちは同じじゃないのか。なぜ、自国で自分たちのために戦わないのか」
物言う人であってはならない青年は撃ち殺され、真理を突いた言葉だけがネルソンさんの中に残されます。
帰国後のネルソンさんは、PTSDに苦悩します。
つねに眉間に皺を寄せ、治療のための薬漬けのなか、カウンセリングで問われます。
「Did you kill people?」
ダニエルズ先生はなぜ、何度も尋ねるのか。
終盤、ネルソンさんがその答えに辿り着いたとき、正直、そうなの?とびっくりしました。
でも。そうか。
自分の中の暴力性を認める前提が必要なのか。
人間にはたぶん本能の部分で、暴力への衝動が、ある。
暴力がこの世界からはなくならない根源的な理由。
でも、暴力の蔓延した世界のままでは、ヒエラルキーのトップ以外の人は傷つき、生き残ることはままならない。
だからこそ、まず自分がそれを認めて、その上で非暴力を選択していく。
そこに意味があるのだ。
塚本晋也監督は、今の時代の不穏な気配に、とても危機感を持っているんだと思います。
帰りにパンフレットを買ったんですが、監督の作品をほぼ見ていないことに気づきました。
40年に渡り、海外の国際映画祭で高く評価されてきたこと、国内では逆に商業ベースにのるような作品がないこと。
むしろこの「ネルソンさん」は監督の作品としては、予算的にも規模が大きい方なのかもしれません。
本作は、第83回ヴェネツィア国際映画祭で日本映画初となる「レオンチーノ・ドーロ(金の小獅子賞)」を受賞しています。
イタリア全国の高校生による審査の賞らしく。
塚本晋也監督も、若い方に観てほしいとインタビューで語っていたので、若者に届いたということでしょう。
作中の英語も分かりやすいらしいです。シンプルなセリフ部分しか分からなかったけど。
過去にもベトナム戦争を描いた作品は割とたくさんあります。プラトーン、地獄の黙示録、フルメタルジャケット、ハンバーガーヒル、ランボー…主に70〜80年代。
監督もコッポラ、キューブリック、オリバーストーンとかそうそうたる顔ぶれ。
それにベトナム戦争は当時、アメリカでも日本でも反戦運動が活発でした。
アメリカって20世紀の戦争から負け知らずだけど、唯一このベトナム戦争で負けています。
その理由のひとつが、本作で描かれている壮絶なベトコンとのゲリラ戦です。
戦争の勝ち負けは悲惨さを語る上では直接的には関係ないとしても、アメリカが大きな傷を負った苦い経験なのは確かです。
けれどもあれだけ作品が作られて反戦運動があって、それなのにアメリカは今なお戦争をやめていない、それが現実です。
忘れてはいけない過去を人は歴史の中で簡単に忘れてしまう。ゆがめてしまう。
「ネルソンさん」が、前述した過去のベトナム戦争作品と明らかに一線を画すのは、加害者としての苦悩を含めた、率直ともいうべきリアリズムがあるからです。
ヒーローもハードボイルドも不在の、まっすぐな、ありのままの戦争だからです。
それをかつてのようなハリウッドの巨匠たちでなく、日本人である塚本晋也監督が描いて、欧州の若者たちに評価されています。
同時に出演者や製作陣たちの多国籍ぶりに、一人ひとりにとっての世界は近づいているとも感じます。
それは戦争をなくしていくための最も大事なことの一つなのだと思います。
重いテーマと内容ですが、自分たち次第で、過去や今よりも、もっとよい未来がある、と信じたくもなりました。

