子育て 仕事 両立 ワーママ アラフォー 映画 本 読書 感想 フリーランス 起業 正社員 40代 生き方 プライムビデオ 

子育てと正社員の両立にぎりぎりな40代の母(映画・読書・日々のこと)

子育てしながら正社員として仕事しています。40代の母のブログです。コピーライター、読書、映画、プライムビデオ。育児の悩みや仕事の悩み、広告、マーケティング、家族のこと、ふと思うことを綴ります。

ビリーヴ 未来への大逆転_100年前なら、私は法廷にも立てなかった

2019 on the Basis of Sex (原題)


元気がでる女性活躍の映画です!
しかも実話をベースにしてます。
良かったです。

ネタばれあり。
1950年代、やっと女子に入学の門戸を開いたハーバード大学を首席で卒業したルース・ギンズバーグは、
弁護士として活躍を夢見ていたものの「女性」であることから、どこの事務所からも採用されず、唯一受け入れてくれた大学の講師として就職。

夫のマーティンは税法のエキスパート弁護士として活躍するのを尻目に、「くう~」という悔しさをかみしめつつも、1970年、ある裁判に出会い、「これが私の道だ~」と訴訟を起こすことになります。

その裁判が、独身男性に親の介護の助成がないのは法律の性差別だ、撤廃しろ。というもの。
当時は介護をするのが女性だからということで、女性だけの特権だったそう。
すでに敗訴していた(というか誰も弁護してくれなかった)訴訟で
ルースと夫のマーティンは闘うことを決意。

でもこれがなかなかすったもんだで・・・
ベトナム帰還兵や公民権運動では闘うACLU(アメリカ自由人権協会)の友人メルに協力を頼みますが
忙しいだのお金がないだので二の足を踏まれたり、
キャシーベイツ(ミザリーの頃と全然変わらない)演じる大御所弁護士も時期が早いと難癖をつけるし。。

まあそうなんですよ。なんていってもルースは学校で生徒たちに法律を教えていても
実際に法廷で弁護したことがない、っていう。
なりたくてなれなかった弁護士の初仕事がこの「男女差別撤廃裁判」って。
でも男性側の差別を撤廃する案件っていう目の付け所は賢いですよね。
男性社会の法廷でも受け入れてもらいやすそう。
ということで「憲法に違反している先例を作っていこうぜ」という目論見なんですが、
でまあ、ルースの結果的には素晴らしい口頭弁論で勝っちゃうんですが
なににつけ「弁論」て大事だなと思いました。
相手をどう説得するか。

もう冒頭から圧迫面接みたいな、パワハラ一歩手前みたいな判事の質問攻め。
「女性が家庭を守ってきた何千年と変わらない事実が証明しているじゃないか」
公民権運動を擁護している味方と思っていた判事ですら、
「あなたは何がやりたいのか」と。
最初ルースはタジタジしてしまうんですが、反論の4分間で素晴らしい弁論をします。

「100年前なら、私はこの法廷には立てなかったでしょう」

「2年前、5年前、10年前とその先例を繰り返して変わらない今がある。
でも今、社会が変わっていく中で、時代遅れにならないうちに、この裁判が新しい先例になるべきです」

かっこいい~!
気づいた人も多いかもですが、
判事たちは最初は「ギンズバーグ夫人」と呼んでいたんですよ。
でもこのルースの反論で「ギンズバーグ教授」て呼び方を変えてましたよね!

で、プラスでこの映画で押さえておきたいポイントを2つ。

夫マーティンが超最先端。

ルースがここまで頑張れた背景には本人の優秀さと能力と熱意はもちろんなんですが
いろんな「運」もあったと思うんですね。
もちろん「女性というだけでもたらされる不遇」というのがあまりに多いし、
だからこそルースは立ち上がったわけですが、
その中で突出して「いい運」なのが、夫マーティンとの結婚生活ではないかと思う次第です。
このマーティンが妻の才能の一番の理解者で同じ夢を持つ一番の仲間なんですね。
つまり男女差別の意識が1950年時点でマーティンにはすでに全然なくて
お料理もルースより上手だから担当してて、育児もそらもう普通にやってて!
だから、そういう人もいるんだなーと。

実在ルースは連邦最高裁判事まで上り詰めた

最後のクレジットでご本人が出てきます。
ルースはこの裁判をきっかけに、性差別の法律を多数変えてきたそう。
そして女性で二人目の連邦最高裁判事になったそうです。

                                                          • -

監督はミミ・レダー。
ディープ・インパクト 」の監督さんなんですが、wiki見たら「ER緊急救命室」の監督もしてたんですね~。
で、主演のルースを演じるフェリシティ・ジョーンズは「博士と彼女のセオリー」出てましたね!
tsubatarou.hatenablog.com
エディ・レッドメインとの共演が多いからか、顔もうっすら似ている気がします。。
夫マーティン役のアーミー・ハマーは、「ホテル・ムンバイ」にも出てます。
tsubatarou.hatenablog.com

むらさきのスカートの女_じわるなあ今村夏子さん

2019 むらさきのスカートの女 今村夏子


最初、タイトル(と表紙絵)がずっと気になっていて、作者をよく確認せずに古本を買ったんですが
いざ読もうと思って「あ」と気づいたら今村夏子さんでした。

面白さがじわじわくるといえば今村夏子さん。
ということで気づけば3冊目です。

tsubatarou.hatenablog.com
tsubatarou.hatenablog.com

3冊目で確信したんですが、今村夏子さんの作品は
ストーリーや登場人物の「背景や全体像がみえない」という特色があるんですね。
あらすじは書かない方がいい作家作品の代表の一人です。
ネタばれすると絶対ダメ系。

一体どこに連れていかれるのか分からないまま徐々に「え!この人って」とか「そういうことかい!」とかとか
この読み進めながらじわる感じがたまらなく「おもろいやん~」となるのです。

なので、ざっくりと背景だけいうと、
「むらさきのスカートの女」という小学生の怪談話に出てきそうな人物を
執拗にウォッチするのが、主人公の「黄色いカーディガンの女」(自称)であります。
もうこれ以上は書けない。。。

とにかく、この表題の「むらさきのスカートの女」の語感、響きだけで
ちょっと陰気くさい、ちょっと「ユリゴコロ」に似た怪しさを想像はしそうになるんですが
今村夏子さんの作品って、そうじゃないんですね。ホラーとかミステリーじゃないのです。

なんていうか、髪や服装やいでたちで、その人にあるだろう生活状況などをすごく想像させるんですが
登場人物は底辺らへんの人で、基本的に「貧しい」んです。
その貧しさは、一寸先にこの人がどうなるか分からん…という危うさをまとわせながら、同時に「おかしみ」をはらんでいます。

フシギなもので貧困のやるせなさと同時に、生きることのおかしみみたいなものを感じさせるので
読んでいると妙な「心地良さ」が湧いてきて、最後には「おもろいなー」と独りごちてしまいます。

そして、この奇妙な登場人物たちは、貧しいながらも自分としては真っ当に生きようとはしていて
ちょっとした気苦労や社会とのズレ感にえらく共感しながら読み進めてしまうので、
「むらさきのスカートの女」よ!どうか!ハッピーでいてくれー!という凡庸な希望を込めるんですが、
結果「ん?これは…どうとらえればいいのだ?」という結末を迎えるので
それがまた面白いんです!

うーん。芥川龍之介太宰治夏目漱石を読んでいるような感覚に似ているかもしれません。
とかいって「蜘蛛の糸」「走れメロス」「心」とか教科書に載ってたのしか読んだことないけど(*'ω'*)
きっとそんな感じなのではないかと!

でもでも、上記の文豪たちより私は好きかも!
女性の視点への共感度が高いというか、寓話性やうんちくが一切なくて、
それなのに社会の底辺らへんの視点、生やした根っこから少しもぶれずに世の中を見つめるような巧みさ、鋭さは
これはもう才能なのかなとも思うし、夏子さんの文学や「書くこと」への愛情というか
分からないですが、こういう作品を書ける人というのは
ご自身がかなり面白い人なのではという気がしてきます。

物語としては大したことは起こりません。
それなのに、これだけ面白い。
じわる。
ほっこり優しい気持ちにもなる。

すばらしいなと思います(*´▽`*)

NHKあたりでドラマ化したら絶対みる~☆彡

「ガザの美容室」「ホテル・ムンバイ」_戦争や紛争と向き合う作品

2015 パレスチナ・フランス・カタール2019 オーストラリア・インド・アメリ

戦争にまつわる映画を2本、観ました。元気出ないけど大事なことを伝える作品をみるのも大事。
ネタばれあり。

ガザの美容室

パレスチナのガザにある、美容室が舞台です。
女性店長とアシスタント、お客さん、全部女性。
おそらく、美容室の日常のたわいない風景です。

とはいえこれは、どうみても日本の日常とは違うなあと。カルチャー的な面で。

だってお客さんがたくさん待っているのに、店員は夫と電話してんですよね。。

あと、お客さんも「早くしてよ」「まだ??」と歯に衣着せずに怒ってるんですけど、
店主の女性が一向に気にした感がなし。もうこの「一事が万事ゆっくり」が日常なのかな?
多少はデフォルメもあるんでしょうか…

会話は全体にとげがあって、みんないらついてるんです。
店長も店員も急がないし謝りもしない(*´ω`)
(でもちょっとコメディタッチ)
全然お客様が神様じゃない。
このフシギ。


で、そんななかで、停電が起き、遂には外で銃撃戦が始まります。
パレスチナのガザがいつも戦禍にあって、そのなかの「日常」は、やっぱり日本の「日常」とは違うんです。
で、みんなちょっとざわつくんですが、どうしようもないわけです。
なので、不安を抱えながらも、普通に営業を続け、普通にメイクをされて、普通に「早くしてよ」と待っているんですね。

途中で、お客さんの夫(たぶん)がスマホに「おいまだかよ」みたいな電話をかけてくるんですが、
「え?タバコ?そんなもの買って帰れるわけない」みたいな。
「食事は冷蔵庫にあるから食べといて」みたいな。

でも、外の銃撃戦が終わらなくて、女性陣も煮詰まってきて、取っ組み合いのけんかが始まったり、妊婦が産気づいたりして、美容室ももう大騒動に。

とにかくですね。
彼女たちの日常は、戦争や紛争とともにありながらも、結婚を控える花嫁がいて、妊婦がいて、医者にかかれないぜんそくのおばちゃんがいて(どうもイスラエルの方がいろいろ進んでるらしいけれどなかなか行けない)、はすっ葉な女子から、敬虔な女子、まあいろいろなんですね。
で、面白かったシーン。
はすっ葉な女子がヒマだから、「もし今店にいる私たちが政府だったら」と言い出します。
「あんたは電力大臣、あんたは社会問題相、あんたは対イスラエル問題相、あんたは厚生相」とか言っていくんです。
これね、女が国を仕切ったら戦争しない、戦争しているのは男なんだっていうことを浮き彫りにするシーンです。
パレスチナの複雑な情勢とイスラエルとの絡みとか、全然分からないんですが、
そういうことを、ガザの美容室に集う「やる気があるのかないのかまったりした美容室とイラつくお客たち」の夕方の姿を描くことで、語っているんだなというのは分かりました。

「ホテル・ムンバイ」

こちらは、2008年に実際に起こったインドの商業都市ムンバイでの同時多発テロをベースにした映画。
170人以上の多数の死者を出したテロだったそうで、そんなことがあったことも知りませんでした。
5つ星ホテルのタージマハル・パレス・ホテルでも30名以上の死者が出たそうで、その半数は「お客様をお守りせねば!」というホテルの従業員だったそうです。

こちらはホテルレストランのサービススタッフであるのっぽの主役アルジュン(デブ・パテル)がいい味を出しています。
でも、とにかくこっちはもう無差別に容赦なく撃たれて死んでいくので、ただただ怖いです。
このテロの背景も、やっぱりイスラムをベースにインド・パキスタンとの緊張やそこにいろいろ食い込む欧米との絡みなど
背景が複雑で難しいんですが、実際には首謀者がまだ捕まってないそうで。。
首謀者はつかまらず、ほぼ射殺された10名の実行犯は貧しい10代の若者だったりするのをきちんと描いていて、なんともやるせないです。

あと、従業員がホテルのことをすごく誇りに思っていて、本当に命がけでお客様を守ろうとするんですね。
シェフの「お客様は神様だ」という教えもあり。
でもって、映画では最後に「ホテルが復活したよ、よかったね」というところまで描いているんですが。
でもそれって、なんていうか・・・複雑ですよね。
ガザの美容室」ののほほん具合とは、いわば真逆といいますか。
「誇りを持って使命感として」みたいな部分は、少し男性チックな発想だなと、この2本の作品を連続で観て、ちょっと思いました。

でも、白人女性のお客に「パグリー(ターバン)が怖い」と言われたアルジュンが「とても大事なものなんですが、どうしてもというなら、はずします」と言ういいシーンもあります。白人の側のエゴを描いてますよね。

とにかくこの映画は、虐殺の容赦なさぶりが際立っているのでずっとビビって観てました。

Coda あいのうた_この愛が理解できるなら

2022 ネタバレあり。

元気出るー--!!
涙も出るー--!!
素晴らしかったです。
すべてが。

両親も兄もろう者で、自分は聴者(ていうんですね)の17歳のルビー。
漁師のおやっさんと兄と朝の3時に起きて毎日漁に出ています。
だから、高校の授業では居眠り。
合唱部に入ったものの、人前で歌うのが気が引けて逃走(*´з`)

でも、ミスターV(合唱部の先生)が、キャロルキングばりの彼女の歌声に可能性を感じ、大学進学をすすめます。

おやっさんと兄は、「ろう」だと足元をみられて不当に買いたたかれたり、漁師仲間の輪にもちょっと入れていない感じ。

そんななかで、聴こえるルビーは家族のための通訳者。
常に家族と行動をともにし、「社会」と「家族」の間を媒介する存在です。

だけど、だけど、
「私の道」を見つけてしまいます。そうそれが歌。

ルビーの両親はアメリカらしい、ちょっとファンキーな家族なんですが
兄も含めて仲がいいんですね。
下世話な会話の中にも家族の愛が垣間見えます。

この映画の家族の愛ってのが、「北の国から」レベルに描き方が素晴らしいんです。


号泣シーンが2か所あります。
ひとつはおやっさんのためにルビーが歌うシーン。

合唱クラブのコンサートに出向いた両親と兄3人は、ルビーに拍手を送ります。
もちろんルビーの歌は聴こえてないんです。
ルビーがデュエットする場面はそのことを観る側に伝えるために、音をなくした演出がされています。
ずっとずっと両親も兄も、この音のない世界にいるわけです。
(なんか実際にはろうの人って“無音”じゃないとも聞いたことあります)

コンサートが終わり、家に着いておやっさんが「俺のためにうたってくれ」とルビーにいいます。
歌うルビーの喉に触れて、手に伝わる喉の「振動」で歌を感じます。
忘れられないシーンです。


もうひとつ。
大学受験に家族と向かったルビー。
こっそり試験会場に見に来た両親と兄に向けて、手話をしながら「青春の光と影」を歌います。


www.youtube.com


ルビーはもちろん知っています。自分のコンサートのときに両親が聴こえていなかったことに。
だからルビーは、試験だけど、自分を観ている家族に「伝えることができる方法」を使うわけです。

この一連の流れ。全部、互いへの気遣いの行為ですよね。

あとルビーが大学に進学したいと両親に伝えたあと、お母さんが「ベイビーがいなくなっちゃう」と語ったときに、おやっさんが「ベイビーじゃない。昔から大人だ」というシーン。
さらに最後におやっさんがルビーに「Go!」というシーン。
めっちゃ素敵でしたね。

アメリカの手話と日本の手話は違うとは思うんですが、アメリカって、表現に思いをのっける文化なので、表情と手話とが合わさって、ルビーや家族の使う「表現」は、とっても感情がこもっています。

この映画を観ていたら「世界」がいかに、「聴こえること」に依存しているかを感じます。
聴こえる人たちを中心で回っています。
だから、漁が危険だって監視員のおばちゃんが決めつけて、親父さんは長年ずっとやってきた漁師の免許をうばわれちゃうんですね。

もうこういうのって、どうしようもないくらいに無自覚に「聴こえて当然」の世界があって。
そして「聴こえること」ふくめ、いろいろな「それが当然じゃない世界」側の人間のことを、社会を牛耳る多数派は、ちっとも想像することなく、一生を終えようと思えばできることでもあり。

そんな世界で、ルビーという存在そのものが「あっち側とこっち側が、つながることができる」という生き証人ですよね。

それで兄は、大学をあきらめようとするルビーに言います。
「卑屈になるな」。

今を生きる兄は、きっともっと世界とのズレを感じてきた経験が多い両親より、世界と融和しています。
自分のチカラを信じています。

両親と兄は、漁師たちを不当に搾取する既成の漁業組合を抜けて、自分たちで漁業の協同組合をつくるんですね。
猟師たちが扶助しあって顧客に直接、魚を売るんです。
すばらしいですね。
まさに斎藤幸平さんのいう「社会参加型の協同組合」じゃねーか。
よくぞ描いたよ。
tsubatarou.hatenablog.com

ちなみにこの作品は2022年、アカデミー賞を3部門受賞しました。

詰め替え用に、意味はあるのか

ここ5年くらい、解せない事があります。

 

それは、シャンプーはじめ、巷に溢れる「詰め替え用」はなんの意味があるのか?

 

という謎です。

 

 



まず

  • 詰め替えるのが面倒くさい
  • 詰め替えたとてパッケージに資源はフツーに使われている
  • お得な量なのかが分かりにくい

 

という部分でずっとモヤモヤしており。

スーパーや薬局では詰め替え用が自然な感じで陳列されているので以前はそれをフツーに買っていたんですが、

いつ頃からか、どんだけ詰め替えさすんだ…と疲れを感じて、むしろ毎回本体を買うようになりました。詰め替えたくないから。

 

詰め替え用ってなんなんだろう?

 

エコロジーか?いや詰め替え用パッケージがエコ素材でなければ同じように石油系の資源はでます。

 

じゃあ量は?大容量なら、1回分の購入消費量が長持ちします。これは確かにエコロジー

でも思ったんですよね。

詰め替え用は本体に入り切らない場合が多くて、

じゃあ本体をそもそも大容量にしたらよくない?

 

なんで詰め替え用だけ、デカくするのか。

 

ストックするにはかさばらない、省スペースになる。

いや、じゃあ本体も省スペース化しろよ。

 

という具合にですね。

未だに詰め替え用の役割が理解できません。

 

で、ある時、さらにシャンプーの詰め替えが本格的に面倒くさくなりまして、

 

そもそも本体が480mlとか小さすぎやしないかい?

 

と。

 

1リットルくらいのボトルなら、こんなしょっちゅう詰め替えなくていいのに…

 

と。

 

それで1リットルサイズのシャンプーをAmazonで探したんですが、圧倒的に少ない!

 

 

 



なんでなんだろう?

 

 

まあ「重い」から、薬局やスーパーにないのは理解できるけど、通販なら配送だから、重くても全然有りですよね。

 

だからもし今メジャーなメーカーが1リットルサイズのシャンプーをネット販売しはじめたら、バカ売れると思います!

 

そしてそれは、「詰め替え用」より本気のエコロジーだと思います!

 

ぜひ。メーカーさん、詰め替え用はやめて、1リットルサイズを発売してください。

 

あ、そうそう、同じような疑問を感じる人が他にもいるようで、で、その方たちは、固形石けんタイプのものを買うようですね。

 

 

 

 



パッケージングが無駄に施されてないし、100%天然素材だったり、非常にいいなと思います。

 

 

でも…固形石けんって、お風呂場に置いとくと、すぐグズグズになりませんか。

 

そう、固形石けんに対しては、石けんケースさえ、何かすごい革新的なものが販売されて、

 

「え!全然石けんがグズグズにならない!」と思えたら使いますが、

まだそのような石けんケースが見つかっていません。

あと、最後までどうやって使い切るか。

 

 

 

 

 

 

 

あるのかなあ

そんなレボリューションソープケース。

あったらいいのになぁ。

 

自分が発明するしかないのかなあ

 

 

 

 

 

ムーンフォール_「デイ・アフター・トゥモロー」のが良い

2022 

Amazonプライムビデオのトップ画面にバイーンと出てきたので、
自宅待機中に息子が何か面白そうな映画を!と観てみました。
吹き替えで。
少しネタバレあり。

地球の周りをまわっている月がその軌道を外れたことで、地球上の潮の満ち引きなどいろんなことが狂っていって
最終は地球にぶつかって地球が滅んじゃうのを、さあどうする?という話なんですが。

すごさとかテーマ性とかを求めず、気をラクにしてみることをおススメします。
前半は特にいろーんな映画の要素をちょっとずつトッピングした感じなんですが、
といっても「インデペンデンス・デイ」「ディープインパクト」「アルマゲドン」「デイ・アフター・トゥモロー」しか思い浮かばない・・・。
と思ったら、監督は「インディペンデンス・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」のローランド・エメリッヒ監督でした。
自分の映画をトッピングしてんですね。。

マッドサイエンティスト的なオタク学者もどきの人が
「月が軌道をずれているやん!」というのに気づいたけど、誰も聞いてくれなくて
元宇宙飛行士のアウトサイダーが聞いてくれて、「じゃあNASAに訴えようぜ」
となるものの案の定「はいはい(*´з`)」となり、
すったもんだして、核兵器で月をぶっ壊すという物騒な話を出しがちなアメリ国防省を、なんとか阻止すべく、
ハルベリー演じるNASAの副長官と、マッド博士、アウトサイダーアストロノーツの3人の仲間が月へ向かう、というお話。

後半が面白くて、月が実は、古代の人類(別の星から来た生命体)が建造したものだったというオチに加えて
じゃあなんで古代人類が月を建造したのか?は、ぜひ見てください。
月の内部の映像もすごいです。

でもあれですね。
ごめんなさい、やっぱりもう少し、新しい感じが欲しかったかなあ。
「だから何だ…」とどうしても思っちゃったので、何かこうズンと腑に落ちる何かが欲しいかも。。
息子は途中でYouTube見だしちゃいました。。

そう、でも私は「デイ・アフター・トゥモロー」は大好きなのです。

あれには、気候変動のリアルな現象がいっぱい描かれていているから。
なので、夏休みのSDGsの自由研究とかで気候変動が行きつく先をちょっとビジュアルでイメージしてみたい小学生は
「ムーンフォール」ではなく「デイ・アフター・トゥモロー」をぜひみてほしいです。

コロナで自宅隔離生活_ポイントまとめ

小学生の子供が、朝方に喉が痛いと言っていたら夜になって急激に40度近く発熱し、新型コロナウィルス陽性に。先週はずっと、コロナで自宅隔離でした。

ついでに私も発熱。でも陰性…

2人とも回復しましたが、いろいろな経験のなかで発見があったので、PCR検査や隔離生活を通して得た知識をまとめます。

ちなみに現在、大阪では陽性者は10日間、濃厚接触者は5日間の自宅療養および自宅待機となっているようです。

 

 

まずPCR検査してくれる病院を探す

 

市のホムペから、PCR検査のページを探して問い合わせ先に電話しました。

そしたら、下記にアクセスしてくださいと案内されました。

府の診療・検査医療機関について

 

エリアごとにPCR検査や抗原定性検査ができる医療機関を掲載してくれています。

 

で、居住エリアの最寄りのいろんな病院にあたって砕けろ的に電話かけまくるのが良いとのことで、その日はもう夜9時近かったんですが、電話に出てくれた発熱外来対応の総合病院に、すぐPCR検査に連れて行きました。

結果は2日後に電話かかってきて、残念ながら陽性です。と。

 

ちなみに病院からの結果連絡電話では「市の保健所からの連絡は、現在保健所がパンク状態で2、3日かかります」と言われて(多分保健所から、自宅療養指示を出す、みたいな流れなんでしょうが)、数日後に市からのショートメールで「保健所からは連絡ありません。ここ見てね。」って案内が。まあ、これで事足りました。

 

あと、総合病院は発熱外来だから、息子が39.4度あったのですぐ受けれたけど、後日、私が喉がめっちゃ痛い、ダルい…と感じて平熱で電話したら、熱ないから検査ダメって言われました。(検査医療機関の一覧では発熱外来か否かは記載ない)

他の近所の総合病院も発熱外来が基本だし、かかりつけ医からの紹介がメインだから、と断わられました。平熱だと濃厚接触者でも、PCR検査は難しい感じでした。

他に個人病院にも電話したけど、断られたり、つながらず。

だから、やむなく検査医療一覧にはないけどかかりつけ医に「PCR検査できる●●総合病院に紹介状書いて欲しい」と言うと、とりあえずうちに検査しに来てと言われ、よく分からないけど簡易版?の検査をしに行ったら陰性でした。カロナールと抗生剤をいただき帰宅。

で、その日の夕方に38.4度出まして、やっぱり熱でたーこれで発熱外来にPCR検査に行けるー!とやっと総合病院にPCR検査受けに行けました。

翌日昼に出た結果は陰性。

うそーん!

 

My HER - SYS に登録する

息子のPCR検査に行った後、すぐに厚労省と市の保健所から同じようなショートメールが来まして

厚労省コロナ感染者等状況把握・管理システム」

に登録してくださいと。

 

何やこれ?とよく分からないながらも、私のスマホ番号とメールで息子のを登録。すると、きちんと、息子のPCR検査診断(療養証明書)が表示されました!

 

また、日々の体温や体調を記録できる機能があって、多分保健所や厚労省が記録を瞬時に共有するためや、データベース利用目的?

要は自己申告タイプのカルテですね。

誰かが感染した時も参考になると考えて、私は割とマメに記録しました。

なかなか便利(o^^o)

 

あ!それと、 自宅療養者支援サイトから、配食&パルスオキシメーターと貸し出しの手続きもできます!

配食は、コンディション的にたいして食べれそうにないのと、大阪府の弁当が高熱者にカツカレー出たとかかつてあったから(*´Д`*)やめときました。今は改善されてるでしょうが…

 

パルスオキシメーターは、指に挟んで脈拍数と動脈血酸素飽和度を測る装置で、万が一に備え貸し出しを申請。

確か2日後には玄関に置いてもらっていました!✳︎返却封筒付

数値としては95切ったら自宅待機SOS↓に連絡必要と思って心の準備して毎日測ってました。

これはありがたかったです!

 

大阪府 自宅待機SOS

電話番号 : 0570-055221 (全日24時間対応)

 

 

とにかく水分補給と下熱する

PCR検査はしても、自宅療養では特に治療的なものはなく、カロナールロキソニン(市販薬でも良い)を飲んで下熱するだけなんで、ほぼ4日目くらいまでは上がったり下がったり繰り返し。その後ようやくなんとか37度あたりをキープするように。

 

複数を常備していた冷却用枕も、交替でフル稼働。

 

11歳の息子は、発熱だけでなく、吐き気がひどくて、夜中に嘔吐したり、食べれない飲めない、無理してちょびちょび頑張って飲んで吐き気にもだえ…みたいなのが3日くらい続いて、私より辛くて可哀想でした。あまりの辛さに、助けて…と涙を流すことも…(;ω;)

 

息子が熱が下がるのと入れ違いに発熱しだした私の場合は、息子がかなり辛そうだったので覚悟していたものの、吐き気はなく息子よりは軽症でした。一応私はワクチン3回打っていたのもあったのかなー?ナゾですが。

 

2人ともに、3日間くらいなら食べれないのはともかく、脱水症状だけほんまに気をつけたかったので、特に吐く息子には、ポカリ、お茶、ビタミンドリンク、ソーダ、フルーツジュース、ヤクルト、アイス、ゼリー、スープ、キューブ氷などなど、リクエストに応え、たとえ一口でもいいから、飲みー!とうるさく言いまくり。

解熱剤も錠剤を飲むとすぐに吐くので、スプーンの裏で叩いて、小さく割って飲ませました。

 

なんやかやと2人とも乗り切って良かったですー(*´∇`*)

 

他の家族への感染防止対策

今回、奇跡的に他の家族には移らず!!

 

トイレや洗面所でも逐一除菌スプレーしまくり、タオルも分けたりしたから、ってのもあるでしょうが、上の子供が高校生、夫も部屋が別で、そもそもみんな大人で意識的に接触を減らせたのが良かったのかと。

 

あと、息子と私が具合悪すぎて食べないから、あんまりトイレにも行かず…て感じも良かった?のかも。息子は吐くばかりな感じだから、後始末する私だけがリスキー(о´∀`о)

(でも脱水症状はトイレ回数が大事だから頻度は気にしてました) 

 

あと大事なのが夏場の換気。

窓は開けつつ、熱中症になっても困るのでクーラー&扇風機をガンガンつけてました。お財布にも地球にもよくありませんが、病気はやむを得ずです。

 


食べ物はネットスーパーで

食べ物や飲み物はネットスーパー利用で対応しました。

 

Amazon ライフ ネットスーパー

ポカリやヨーグルト、バナナなど食べれそうなものの他、他の家族のための食パンや冷食、野菜も買い込みました!

ただAmazonのライフもだし、イオンのネットスーパーでも当日配送の空きがなくて、翌日以降配送でした。イオンに至っては、3日後とか…

なので、タイミングによっては当日配送が難しい可能性もあるから、よく確認した上で、翌日配送の前提で注文した方がいいかもです。

 

 

 

会社の特別有給休暇の申請

こんな状態だから自分的には「私これ陽性やろ」と疑いながらも、公的結果は陰性なので、会社へのコロナ対応の休み申請は、自分の結果では出さず、てか出せず…。

息子の看病として、息子の療養証明書(My HER-SYSで表示されたヤツ)で特別有給休暇の申請をしました。

 

自分が看病するエビデンスとして、配偶者の勤怠表の提示が必要と言われましたが、「社外秘のためナシ」で稟議あげたら、大丈夫でしたー。

あー良かった。

でも、特休は、全額ではなく、6割支給だから、普通の年次有休を取る人も多いみたいです。

 

あと、うちの会社では看病の場合の特休は「小学生まで」とお達しがきたんですが、もし息子が中学1年だったら、看病いらんのか?

と言われたら、40度熱を出すコロナで中学生が自力で乗り切れる気は全くしません。高校生からかなと。

だから、もし子供が中学生だったら、会社に中学生だけど申請させて!!って詰め寄らねばならなかったな…と(^_^;)

 

✳︎ふと思い出したけど、35年くらい前ですが、私が中1でインフルエンザにかかって高熱を出した時に、両親は仕事行ってたなあ、と(笑)。

近所の仲がいいおばちゃんが、昼にカップラーメンを持って来てくれて、「いやカップラーメンて…」と頭によぎった事を覚えてるんですが、しんどすぎて何にも食べずにひたすら寝てた記憶。でも5日くらい寝込んで回復したしね。

親も、まあ大丈夫かなと判断したのかな?

時代かな…(о´∀`о)

 

 

いのちの停車場_終末期在宅医療の家族の指南書

 

幻冬舎文庫 2021 南杏子

小説の方です。

素晴らしい小説でした。

 

物語としては、東京の名のある大学病院の救急救命センターの副センター長まで上り詰めた医師の白石咲和子が、現場責任を問われ大学病院を去り、地元の金沢で地域の方たちの訪問診療をする物語です。

 

作者の南杏子さんはなんと現役医師で、小説家。

医療現場の描写がリアルで分かりやすくて万人が読みやすいのに加えて、在宅医療や終末期医療についての実際がきちんと表現されていて、めちゃくちゃ勉強になりました。

すごく勉強になりすぎて、5年前にうちの親父さんやおばあちゃんが亡くなる前に読みたかった…と悔しかった程です。

 

小説にもありますが、戦後日本は、現代医療の発展により、誰もが質の高い医療を病院で受けられるようになりました。それに伴い病院で亡くなる人が増えたことで、人が実際にどのように死んでいくかを見る機会がほとんどなくなりました。

 

ところが今、高齢社会が到来し、社会保険などの医療費による財政の圧迫を抑えるために政府の動きとして予防医療や終末期在宅医療が推し進められてきています。在宅医療では、家族が介護はじめ「家族の死」「看取り」も経験しないといけなくなり、現場ではすったもんだが起こっています。

まさに5年前の親父さんの場合もそれでした。

 

私の親父さんの時の話を少しします。

親父さんは肺癌でした。手術はできず、2種類の抗がん剤治療を行って効果なく、病院の担当医に在宅医療を勧められました。それで退院して、在宅診療になったのですが、正直にいうと私は、在宅医療にきちんと理解と納得ができていたんだろうかという気持ちを未だに持っています。

 

そもそも父は在宅医療への切り替えに全面的に乗り気ではなかったのに、病院規則を理由に在宅に切り替えられたという感じが、今も否めません。

 

それは、先述のように政府が終末期医療について基本的に在宅を推進している社会背景を、私たち家族がよく知らなかったのもあります。

今はまだ浸透してきましたかもしれませんが、5年前は、え?病院にいたらダメなの?って雰囲気がありました。

 

父は抗がん剤治療にも意欲的でした。でも父の「病院で抗がん剤治療を続けたい」という意志はなんとなくスルーされ、「病院に長くいるより早く自宅に帰りたいだろう」という担当医から端々に感じる暗黙の了解で、でもそのことに違和感を感じていながら誰も口に出さずに事が進んでしまったように思います。

 

小さなモヤモヤが今もまだ引っかかるんだから、

じゃあ何が結局引っかかってんだろうと思います。

 

やっぱり私は、病院の担当医が説明不足だったんじゃないかと思うんですよね。

 

それを踏まえて、フィクションではありますが、現役の医師である南杏子さんが描く咲和子先生には、開眼しきりです。

 

何よりこの咲和子先生はまず、自分が家族に何の話をするのか、表明します。それから2時間くらいかけて、人が最期に向かっていく様子や看取り方の説明をしたりするんです。

 

これだけ手厚いのが、在宅医療のスタンダードではないかもしれません。

それはもちろん分かりますが

もし父のときに担当医が

もっと在宅医療の意義や過ごし方を時間をかけて話してくれたら、その後の親父さんや家族の取り組み方もまた違ったのではと考えさせられました。

 

父は性分的に「闘う人」で、その性分の良し悪しはともかく、癌に対しても「最期まで抗い立ち向かうもの」みたいな解釈でした。いわば癌と闘うことが生きる意味だったわけです。

かたや在宅医療はそうではなく、病気を受け入れながらできるだけQOLを保って過ごす、というスタンスです。

当時の私たちには、在宅医療のバックグラウンドやスタンスの理解がかなり足りてなかったと今は痛感します。父は病院など外部の人に対して決してわがままをいうタイプではなく、むしろ病院とか医師など権威あるものに対してすぐに信頼を寄せるタイプでした。母もです。

 

病院の担当医には、病気を穏やかに受け入れていくことの意味や在宅医療の意義をもっと家族に説明してほしかった。

咲和子先生がやっているようなそれを現実の医師に求めるのは贅沢な事でしょうか。。

 

まさに「いのちの停車場」にも、末期癌で余命わずかの6歳の少女の両親が、在宅医療ではなく、病院で抗がん剤治療を諦めずにやって欲しかった、なのに諦められた、見捨てられたと、咲和子先生に嘆き話す場面があります。

 

咲和子先生は、病院でも担当医から何度も説明を受けているはずの話を両親が全く理解していない、と悟ります。

強く持続的な緊張とストレスのなかにある家族には、医療方針や現状などを理解する心の余裕がない場合があるそうです。

だから咲和子先生は、これからは在宅医療医師として患者を引き継いだ自分が家族に何度でも説明しなければならない、とその役割を語ります。

 

親父さんのとき、まさに私たちもそうだったのかもしれません。それに病院の医師に「家族ごと抱える」意識を求めるのは筋違いなのかもしれません。

 

けれど在宅医療では、家族ごと受け止める必要が生まれます。その前提で病院の担当医は、病状だけでなく、ヒトをみて、しっかりと在宅医療医師に引き継ぐ必要はあると思います。

 

こんな風に思うのは私が家族の終末期在宅医療を体験したからでしょうが、今後、在宅医療が増えていくでしょうから、そのあり方は、さまざまに課題を抱えていくんだと思います。

 

この作品は、在宅医療を理想化するのではなく、それらの課題を現役医師である南杏子さんがしっかりと静かな視点で捉え、患者や家族への優しい眼差しを持って書かれています。

 

 

いちいち「そうそう、そこなのよー」とか「なるほど、だからそうするのかー」やら「家族の立場からしたらほんまにそうなのよー」など共感できるんですね。

 

医療小説として普通に面白いんですが、南杏子さんがすごいのはこの「いまの現場視点」を見事に言語化している点ではないでしょうか。

 

「ドクターX」でもなく「コードブルー」でもない。

どっかの「すごい手術」「大変な現場」じゃない。  

高齢社会を迎え、今後さらに終末期医療、在宅医療は身近になっていく社会で、私たちが実際に接する「あるある!」な「普通の医療」の臨場感。

高齢社会の医療のリアルを指南してくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

room_犯罪の2次被害は防げない?

 

 

2015 アメリ

Huluにて。

https://www.hulu.jp/room

ネタバレあり。

 

これでアカデミー主演女優賞を獲ったブリーラーソンは確かに素晴らしいです。

でも、輪をかけて作品自体が素晴らしいですよ。

17歳で誘拐&監禁されて、レイプされて出産して閉じ込められた納屋で子育てする主人公。この壮絶さのなかで、主人公は子供との脱出を計画します。

 

原作はエマドナヒューというカナダ人作家の小説だそう。

フリッツル事件をベースに書かれたものだそうで、フリッツル事件はオーストリアで実際にあった父親による娘監禁事件です。なんと24年…

言葉にならない悲しい出来事です。

 

映画では後半、脱出が成功した後の物語になっていて、そこでの2次被害を描いています。

 

ジャックのママであるジョイは、7年ぶりに両親のもとに帰るんですが、両親は離婚していて、お父さんがまたダメで、誘拐犯とジョイの子供であるということから、孫のジャックを見ることすらできないんですね。

 

これ傷つくなー。

伊藤詩織さんが言っていましたよね。

被害者が受ける2次被害。

まさにそれです。

しかも実父からそんな扱いを受けるなんぞ、距離が近い分悲しみも深いですよ。

 

逆にお母さんの新しいパートナーさんは、距離があるのもあるんでしょうが、ジャックにフラットに接します。

きちんと他者を他者としてフェアに見れるタイプなんですよね。

ジョイのお母さん、パートナーの選択し直し、正解です。

 

まあそんなこんなやら、世間の好奇の目やら、

助かったのに、被害者はさまざまに辛いって話なんですが、やっぱり動物と子供は強いです。

動物や子供の友達は、世間にとらわれないし、裏表もないです。

 

私はこれまでペットを飼ったことがないですが、子供が社会に馴染むために動物とまず仲良くなるってかなりありだなと思いました。

世界を肯定するために。

他者を他者と知るためにも。

 

 

ジョイが素晴らしいのは、監禁中、子供を育てていたことです。17歳で監禁されて、出産して子育てするその知恵と忍耐って並外れています。

 

それを実父やインタビュアーは分かっているんでしょうか。

弁護士費用を稼ぐためにジョイはメディアインタビューを受けるんですがその質問で

「なぜ産んですぐに施設に預けるように犯人にお願いしなかったのか?」というのがあるんです。

それにジョイは答えられないんですね。で、その夜自殺未遂を図ります。

 

私ならあんな質問しないな、と思いました。そんな犯人の人道的価値観をあてにした方法を取るなんぞリスク高いし、生まれてきた子供と一緒にいたいって普通に分かるから。

逆に、インタビュアーに、生まれてきた自分の乳飲み子を、他者の人権も人格も蔑ろにする犯人の手に預ける無謀な判断が最善なのですか?運良く乳飲み子が養護施設にたどり着いたとして、そこがたまたま運良く立派な養護施設だったとして、それが子供の幸せになると何を物差しに言うてるの?と聞きたいです。

インタビュアーは、子供をそばに置いたのはジョイの利己的な判断だと言いたいのかもしれないですが、そこに踏み込むには、彼女を批判対象にするには、あなた側=個人でないメディア側から差し出される献身や誠意や想像力がなさすぎやしない?と。

早い話、話聞いてるだけのお前に、実際命がけ状態のこちとらの選択をとやかく言われる筋合いねーよと。

 

これは伊藤詩織さんに対する初期のメディアにも感じたことですが。

 

きっと想像力ですよね。必要なのは。

戦争を知らない私たちが、戦争体験者の体験談を聞くときに必要なのは敬意と想像力でしょう。

 

ということで、アカデミー受賞のroom、きちんとそこを描いている秀作です。

 

 

 

そして、5歳の息子のジャックが、可愛すぎな上に何より演技がうますぎなことも言っておきたいです!

すごいリアル。

神に選ばれた才能?

 

とかほうほうと感心してましたら、ジャック役のジェイコブ•トレンブレイくんは、「ワンダー 君は太陽」のオギーやん!と知り、神子役と納得。

良かったですよ、とっても。

 

 

こっちは、roomの2年後なんで、2017年作品。

10歳の役でした。

(ジェイコブくんは2006年生まれらしいです)

5歳から2年で10歳役とはいきなりな感じだけど、違和感ないのは演技力ですね。

まあでもショービズ界や周りの大人に左右されず、映画のなかのジャックとオギーみたいにのびのび育っててほしいな(*´-`)

 

 

ベロニカとの記憶_鈍臭いじいさんのイギリス的出産付き添いへの挑戦

 

2017 イギリス

 

Huluで。

 

Huluで「ベロニカとの記憶」を視聴中! https://www.hulu.jp/the-sense-of-an-ending

イギリスの映画って画面がグレーでしっとりしてますよね。

家がアメリカみたいに大きすぎないのと、でも田舎の屋敷はお城みたいにゴージャス。

 

ざっくり一言でいうと、これまでの人生でずっと、他人の地雷を踏みまくって生きてきた、ダメじいさんが、隠居後もエイッと地雷を踏みまくったことにより、自分の視野の狭さや他者への想像力に欠けていたことに気づいて、ちょっぴり良い人に変わったよ、という話ですかね。

 

どんでん返しが面白いので、ネタはバラさないことにします。

この映画を老人の甘酸っぱい初恋のノスタルジーで括ってしまうと、まあしょうもないんですよ。

 

作者?監督?もそれが分かっているから、現代的な要素をすごく入れています。

 

 

だからこのじいさん、初恋の君相手にストーカー気質があっても、割と最初からいい面もあって、シングルマザーを選んだ娘の妊婦教室に付き合ってますからね。

そんなじいじ、日本にいる???

 

男には分からん!そんなもん行かん!で終わっとるのが実情でしょうか。

 

娘の腹を撫でたり背中さすって、先生に「もっとそばにいきなさい」って怒られてる70代のひげの男性。

で、元奥さんに、自分の情けない行動はじめ、なんでもペラペラ話しちゃうし、元妻や娘にまあまあウザがられても、いじけない、変な前向きさがあります。

最終、娘の出産に立ち会ってますし。

 

そっかー

イギリスではもはやじいじが妊婦教室にも出産にも付き添うかあ。

流石やなあ(*´∀`*)

時代やなぁ(o^^o)

そんな孫はかわいいに違いない(*≧∀≦*)