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子育てと正社員の両立にぎりぎりな40代の母(映画・読書・日々のこと)

子育てしながら正社員として仕事しています。40代の母のブログです。コピーライター、読書、映画、プライムビデオ。育児の悩みや仕事の悩み、広告、マーケティング、家族のこと、ふと思うことを綴ります。

日本は世界とどう向き合うか…コトバにはチカラがある。

今回の安保法案の参院可決、ニュースアプリでいろいろ見てたら、メディアによる論調の違いがすごく顕著で、なんかおかしかった。

あー、そっか、視点変えたら、そう来るか、みたいなのがいっぱいあって、 産経と朝日、東京新聞とかだけじゃなくて。 ただ、アプリ自身のセグメントがよく分からないけど、反対の方が多い気はしました。

可決しちゃったし、私も不安ですもん。子供の将来とか。 ネットは匿名を盾にバッシングオリンピックだから、あんまり政治の話はしたくないけど、個人的には、今回の安保のことをきっかけに、これからの先行きは分からないけど、日本が世界とどう向き合うべきか、考えていきたいなあ、と感じました。

とはいえ政治には無知な私に小難しい話はわからないので、政治、政策というのではなく、社会全体の空気というか、目指すベクトルというか、大きな流れとして、世界との対峙の仕方を模索できればなあと。その転換期になればな、と。そんなことをテレビのニュース見ながら考えてました。

私が考えた模索は、安保云々じゃないです。日本を守りたいし、国際的ないざこざが増えていくのも分かるし、心配だから、対抗できる力を持ちたいと思うのも理解できる。だからこそ日本を守る手段として、武力ではなく、別の部分から迫ってみてもいいんじゃないのか。つまり、武力以外の解決の可能性を考えてみたいんです。

結論から言うと、話し合いとか取り引き、駆け引き手腕とか、いわば、ペンは剣よりも強しとも言われるコトバのチカラで解決できないかと。

日本に必要なのは、コトバで戦うスキルとスキルを備えた人材の育成なんじゃないか。

いや、そんな単純な話でもないし、いろいろ専門的見地から、多角的な視点で語られるべきだし、その上で安保法案でもめてることは百も承知なんです。

まあそれはそれとしてですよ。日本に暮らして思うのは、てか日本でしか暮らしたことないっすけど、日本と欧米諸国はじめ他国の違いは何かと考えるときに、よく言われるのが、和を重んじる文化、風習があるということだと思います。 自己主張し過ぎず、えばらず、自慢せず、奥ゆかしさとか、こっそり努力するとかを美しいこと、美徳とする文化がある。利己より利他。自分一番はワガママで、他人を思いやることが一番大事。周りとの協調があってこそ、社会は成り立っている。

はっきりと家庭や学校で教わる訳ではないけれど、小さい頃からその空気の中で生きて暮らし、どこか染み付いている。 それが日本の文化。

和を重んじる文化は私は美しいと思います。特に、日本の暮らしやすさは、この和の精神があるからこそ、他国にはない魅力じゃないですか。日本が世界に誇れることだと思います。電車は時間通りだし、お店の人は親切だし。ほんま、「おもてなし」に関しては、一部のではなく、全体にレベルが高くて、たとえば、高級レストランだけじゃなくて、フツーの居酒屋とかスーパーにも高いサービスクオリティーがある。世界の他の国々は絶対勝てないことだと私は思います。 めっちゃ好きです。そんな日本。

一方、自己主張してなんぼなのが、世界の列強の国々です。特に大陸の人々。国と国、民族と民族、異教徒同士が隣り合わせに暮らし、血で血を洗う戦争ばりばりな歴史を持つヨーロッパ、アジア。生きるためには勝たねばならん、勝つためには自己を正とせねばならん。そしてそれを周りに認めさせないといけない。ずっとそんな歴史を辿ってきて、そら、自己主張が磨かれていきますよね。そもそも多種多様な人間がひしめくなかで、きちんと自己主張せねば、自分が何者か理解してもらわねば、盗人や曲者に間違われ亡き者にされる可能性だってあるわけです。

そんな列強の方々と日本に暮らす私なんかが、ひとたび議論なんかになった日には。怖い!ディベートやディスカッションなんかのコミュニケーションによる争いごとの中で、奥ゆかしさとか協調とか調和とか日本の美しい風習・文化なんか一蹴です。なんも言えねえ。で終わります。最後泣いて土下座かもしれません。

自己主張は悪とまではいかないけれど、歓迎されてるでもない日本で育ち暮らす人が、言ってなんぼ!曲がった事でも真っ直ぐやねん!と自己主張しなければ生き残れない歴史を歩んできた大陸の人と、討論とか話し合いをして、どうやって勝つねん?

討論や議論や話し合いで、日本の人が勝てる道はないのかな。美しい風習と文化を持つ日本だからこそ、独自の自己主張の方法を模索しないとあかんと思うんです。

大事なのは、議論には必ず勝たなければならないということです。議論で勝つ=思った通りの決議がとれる、相手に自分を力ずくではなく心から認めさせる。

だから、相手が納得していないのに無理に押し通したり、決議を強行するのは、勝ちじゃないといえます。何故なら、相手はきっと、恨みを持ったり仕返しを考えるから。マイナスに転じると分かって押し通すのはルース。

その観点から考えたとき、実は、議論や討論で不利に見える日本の美しい風習文化の中に、解決のカギがあるんじゃないでしょうか。

議論で本当の意味で勝つために必要なことって、

誰にでも伝わりやすいコトバで話す

ロジカルな説明力

感情的にならずにいられる

相手のことを知り理解する

相手が本当に納得するまで誠意を尽くす

などが必要だと思いますが、これって、日本の美しい風習文化の精神に似てません?

利己より利他で、和を大切にするその根源は、他者への愛みたいなもんですよね。それは他者を理解したいという意思の表明です。

だから、本質的には、日本人は、議論が下手じゃない、むしろ、かなりハイレベルな国民じゃないかな。

ただ、問題なのは、多くを語らずとも伝わり合える同じような人々だけで長い間暮らしてきてしまったこと。日本は、他者に多くを語る必要のない平和な時代がずっとあったちゅーことですよ。 それはそれで、良かったな、と思います。 が、その良し悪しは別として、語らずとも伝わるなんて、国際社会では通用しないことは、もう大体みんな分かってはいるんだと思います。

語らないと絶対伝わらないくらい、むしろ、語っても語っても伝わらないくらい、なんもかもが違う人々の中に混じって語る。 それがこれからの日本が、取り組むべき道なんじゃないのかしら。

まずは、語る。語ろうよ。自分のことを。自分の国のことを。他者を理解するための聞くチカラはあるんだから。

議論の場の公私や規模はいろいろでも、まずは「私たち日本国民は、こんなことを大事にしていて、こんな風に考えていて、こんなことに価値を感じるんです」と。

あなたの国や民族とは違う部分もあるだろう。その違いはぜひ知っておきたい。でも、同じ部分もあるかも知れない。 嬉しいこと、悲しいこと、感じる心は同じかも知れない。

職場に部署は違うけど、ヨーロッパから来た仲間がいるんですが、いつも明るい彼だけど、南アメリカから新しい仲間が来たとき、心の友を得たジャイアンみたいにめっちゃ喜んでました。彼は日本が大好きだし、みんなから愛されてるし、楽しいこともあるやろけど、異国で暮らす大変さもあるんやろなあと、そんな当たり前なことに、そのとき気づきました。

国際社会のパワーバランスという波に乗るのは、法案じゃなく、日本が語りかけることでしか、本来的には叶わないんじゃないかなと感じます。

ちゃんと話しもせず、粘り強く説得もせず、他国と同じ条件に近づければ、他国は私たちを理解してくれるんでしょうか。認めてくれるんでしょうか。やるなあ、と一目置いてくれるんでしょうか。いいように利用したれなんて露とも思われず対等の信頼を獲得できるんでしょうか。

電流流す柵よりも、収穫を祝うパーティの方が、抑止力になりません?相手は畑を荒らす動物じゃないんだから。キーキーわめく子ねずみでもないんだから。

子供たちには、議論に勝つチカラをみがいてほしい。日本の美しい風習文化を身につけながら、そこにコミュニケーション力の自負が備われば、ものすごい国になる!国はそんな人材育成に注力してほしい。

言葉でたたかう技術