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子育てと正社員の仕事の両立にぎりぎりな40代の母ブログ

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なんで当たり前ができないの?社会適合の外側に子育ての可能性はあるか ネタバレあり

 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

 

芥川賞

21歳!

 

読みました〜。

すぐ読めます。直木賞か?と思ってしまうくらい、とにかくさらさら読めます。

 

すごく面白かったです。読む人の五感に響く生々しい文章にとても魅力を感じました。

 

肉を感じる て表現、すごいね。

 

 

アイドルの推し活が行き過ぎる主人公が身を滅ぼしていく姿が、私にはどーしても、いわゆる勉強ができない部類に属する受験生の娘と重なりました。

ほぼ同一化して読んで、やるせなくなりました。

 

「推し、燃ゆ」のあかりんが、いつも身体が重い、提出物のメモを書いても書いたことを忘れる、部屋にいつ買ったか分からないペットボトルが落ちているという場面が描かれていますが、我が子の場合も全く同じ!

とにかく楽しいこと優先で勉強をしない、授業をちゃんと聞かない、宿題忘れる、約束やぶる。

定期テストの結果がどれほど悪くても、家に帰ったら友達とゲラゲラ電話したり、マンガ読み耽ったりできる図太さもよく理解できません。

 

これまで、何度もケンカしてきました。いつも話し合っても状況は変わらず、親の育て方のせいかと自分を責めたりもしてきました。

もしかしてADHDなどなんらかのグレーゾーンなのかもとも疑って、今もまだ正直疑っているし、というか、半分そうなのだろうとも思っているというか、もう今は、たとえば心療内科などに行けば誰もが何らかの病名がつく時代なので、何かではあるんでしょう。

 

まさに主人公のあかりんのように。

 

でも一方で、本当にこの子は出来ない子なのかなぁとも思うんです。普段の彼女は短絡的で先を考えて行動できないところはあるけれど、基本的に気持ちが健やかで、すぐ楽しいことを見つけてきて、文句はいいつつ家事手伝いもしてくれて、時になるほどと唸るようなことを言ったりします。彼女は、私には、出来ない子には見えなかったりするんです。

 

あ、親バカですかね。。うーん。

 

でも、あかりんも、そうでないか?と。

 

むしろ今の日本の学校教育への違和感のほうが大きいです。「推し、燃ゆ」を読んで、さらにその思いが強まりました。

 

今回は「推し、燃ゆ」感想というよりも、小説からも感じた日本の教育について、それと親としてできることは何か、などなどを考察していきたいと思います。

 

ネタバレてますのでご注意を。

 

現代の中学生はなぜあんなにプリントにまみれているんだろう

 

推し活と、そのための居酒屋バイトしかやる気が出ないあかりんは、成績や出席日数を満たせず高校を退学します。あかりんは、親や先生から言われることも理解はしている。でもなんで他の当たり前のことが出来ないのか自分でも分からない、私だって聞きたいといいます。

 

うちの子は中学生で、義務教育ですから、そうそう退学にはなりません。

でも、同じ思いなのではと思います。

 

現代の中学生はプリントにまみれています。大量の配布プリントの整理を何度か手伝いましたが、だいたいが見にくいし読みにくいです。

 

整理番号がついていないから、プリントを順番にまとめるにも手間取り、下手すると理科なのか社会なのかも分からないこともありました。 

 

教科書だけじゃない副資料もやたら多く、一教科で3冊くらい。全教科でそれされたら、そりゃ混乱するよなぁ。カバンもいつもぱんぱんです。

 

この状況ではなかなかに、学校の勉強にはついていけないのではないかなと。てか、ついていけない子供を、プリントと宿題の管理でまずは振り落としたいのでしょうか。

 

整理整頓力はあるに越したことはありませんが、それは分かっていますが、ただ性格的な個人差があるのも事実です。そもそも私自身、整理整頓も自己管理もできない子でした。今も整理整頓は苦手です。

 

今って情報を与える側の「情報発信リテラシー」も進んでる時代です。デジタル化とユニバーサルデザインが当たり前になった時代です。誰もが理解しやすく、使いやすいことが良し!とされて久しいです。

 

いま、私の仕事であんなにたくさんの量のプリントを使っていたら、非効率すぎて逆に「仕事できない人」になります。ペーパーレス化ができていない非エコ、非サステナできっと批判も浴びます。

 

もしも山盛りプリントが"あえて"整理整頓能力を磨くための教育委員会の施策だとしても。じゃプリント管理できないうちは、学力もずっと身につかないという二重苦を背負うことになります。

 

さらにそのプリントに書かれている内容も、プリントの山の高さに比例して、ただひたすら覚えないといけないことが詰め込まれているだけのようにみえます。

いわゆる詰め込み教育だよねと。

 

中学校で学ぶ学習は基礎的なものです。

義務教育で関数が必要かとか、化学記号が必要かとか、そんなことを言いたいわけでなく、

知識や示唆を通して、世界をどう見るのか?どう行動するのか?が勉強じゃないのか。

 

学ぶことが未知なる世界や可能性をいかに広げるか、学ぶ事で始まる想像や創造がどれだけ自分を助けるか、大量のプリントで子供たちにきちんと伝わるのだろうか…と。

 

プリントの山の中から、大事なそれを見つけ出せない子は多いのではないか。

と感じます。

 

画一的な成績評価が子供の可能性を見捨ててない?

もうひとつ感じるのは評価の方法です。学校の成績は、進学に直結します。進学は、職業や将来の選択肢につながっていきます。

 

けれども、その評価基準が著しく画一的に感じます。

詰め込んだものを消化できる能力だけを評価しているように思えます。

生きていくために必要な力はそれだけではないはずで、たとえばコミュニケーション力。

議論する力。自己主張する力。

聞く力。話す力。他者との違いを理解する力。多様な世界とつながる力。

 

本来ならば、人間が生きる助けになるだろう大切な知恵や能力や経験が、画一的な評価基準のせいで無視されて、育めるはずの可能性や将来の選択肢を削ぎ落としてしまっている気がしてならないです。

 

周りから「何にもできない」と言われる主人公のあかりんや、うちの娘を擁護するわけではないけれど、彼女たちに本来ある、生きる力、彼女たち自身が育める力。認められるべき力。

 

それを一切合切スルーして、ダメな子と評価するしかないのが今の日本の教育ならば、というか、今の日本の現実なのです。

 

割と救いようがないです。

 

小説も現実も。

 

私自身、なんで勉強しないといけないのか分からず結果勉強しなかった人間です。そんな自分を悔やみ大人になっても引きずっています。

 

だからこそ今なお学校教育はなんら変わってないんだなぁという既視感にセンチメンタルになります。

 

でも今は親です。いち親としてできることはないか。

 

どれだけ意味があるかは未知だけど、これだけは!と以下の3つだけは気をつけたいと思っています。

 

今の日本の学校教育の評価で、私自身が子供を評価しない

だからといって、学校の勉強を無視しろとは絶対言っちゃダメです。それとは違います。知らないことを教わることは大事な機会だから。だから学校の勉強は大事だということはずっと言い続けていくつもりです。

そうではなくて、通知表と同じ評価はしないようにしたいってこと。

なんで努力しないんだとか、そんなんじゃ生きていけないとか、そーゆーことを言わない。実際言ったこともあるんですが(あるんかい)、まあ狙い通りに努力するわけもなく。ただただ反発になって返ってくるだけです。溝が深まるばかりです。だから、たまに言いたくなっても言わない!

 

分からないものに毎日向き合うって相当なストレスなはずなんで、本気で理解させたいなら親自体が時間を割いて一緒に勉強する必要があると思います。

でも現実かなり難しい。中学の勉強はもう私には解けないものもあり、方程式も文法も忘れました…

 

ただ、できない事実や間違えた事実を受け入れるのは大事なんで、そこからが始まりで間違えてなんぼなんだよとは話しています。間違えてエライ!と。

 

学びは本来楽しいものと伝える

学びは授業の中にも外にもあって、毎日の中で、知ること、考えること、間違えること、やり直すこと、あなたがやっているすべてが学びだと伝えること。

学ぶことって本当はもっと身近で、割と楽しいよと。プリントや机の上だけじゃないよと。勉強に対する苦手意識を払拭して欲しいんですが、これがなかなか難しいです。

ことあるごとに面白そうな本をおすすめしたり、興味深いニュースや出来事を話題にしたり、あの手この手でやってますが、なんかいい方法ないかなぁ。。

ちなみに「推し、燃ゆ」は学校で話題らしく、マンガ専門の娘が、この小説なら読みたいと言うので、買いました。私が先に読んだので、娘にはまた感想を聞きたいと思います。

 

子供の底力を信じる

学校の成績は悪いけど、頭の回転が早く、人と分け隔てなく接することができる娘のバイタリティを信じること。

てかむしろ楽しみなこと。それを彼女に伝えること。ディベート大会で劣勢から五分五分に持ちこんだ彼女の討論のスキルが全く成績に反映されないとしても、私は素晴らしい能力だと信じているし、自分でも自分を認めてあげてほしいです。

 

推しを鋭く考察するあかりんの文章力も、バイト先でどれだけ失敗してもへこたれない根性も、どこかで花開きますように。