2023 ケイレブ・アズマー・ネルソン
ネタバレあり。
イギリス、ロンドン。
2018年。
バスケットボールの奨学生であり大学生として生きるアフリカ系(ガーナ)の"君"は、
友人のガールフレンドを好きになります。
2人は惹かれあってしまうんですが、
なかなかに難しい状況ゆえに、どっちつかずの関係が続いていき、結局は付き合うことになります。
けれど"君 "には、さらにややこしい複雑な思いというか、自信の持てない理由があって、そのことから、彼女に心を開かなくなってしまいます。
それは、黒人であるということです。
ある日、警察官から犯罪者の扱いを受け、権力の有無を言わさない暴力性をぶつけられた"君"は、怖くなります。
彼らは僕を見えてはいるけど、見てはいない
目に見えない差別は今もそこかしこにあると、"君"は感じています。
たとえば、彼女と2人で「誰かにのけ者にされたことは一度もないけれども、目標を持ってなければ認めてもらえない」から、大学ではバスケットボールやダンスにのめり込むんだ、というような会話の場面。
また黒人専用の理容店で偶然にも銃撃騒動に巻き込まれ、やってきた警察官たちからの十把一絡げなギャング扱い。
銃を向けながら、"君"を見えてはいても、彼らは決して、「見て」はいない
子供の頃に父と見た、警察官に取り押さえられ、殴られる男性。
そんなふうにいつか自分も。
破滅に向かう日がくるんじゃないか
わけのわからない運命を背負わされるんじゃないか
確かに、今を生きる若者の個人の内面として、こんな風な心情を吐露した物語はなかったのかもしれません。
なぜ"君"がここまで心を疲弊させてしまうのか、すごく理解できるかと言われたら分からない部分もあります。
それはやっぱり、私の日常が彼よりよっぽど平和だからで、異人種間の距離感とかを気にせずにいられる日本にいるからなんでしょうか。
ただもし、私がどこか別の国に今移住するとして、一度も差別を感じずに過ごすことは難しいのではと思います。差別される側として。
日本が銃社会ではないからというのもあると思います。
だって、いくら警察官に職質されたとしても、公共の場で銃なんか絶対向けられないですから。何人だろうと。
でも先日、移民在留管理局のウィシュマさんのような事件ありましたね。
ここが自分の本当の居場所じゃない。
そう思って生きるのは、ストレスも多いし、何かと辛いこともあるのは間違いないのだろうと思います。
最終的に、" 君"は、閉ざした心を変化させ、彼女に会いにいきます。
ちなみに彼女も黒人です。
この小説には、ジェームズブラウンとか古いのからケンドリックラマーなどまで黒人の作った音楽がたくさんでてきます。全然造詣はないので、少しだけYouTubeで聴いてみましたが、カッコいいです。体が自然にリズムを刻んでしまうようなプリミティブなパワーを感じます。
また歌詞も、この物語にオーバーラップします。
だから音楽は、" 君"を語り、"君"に寄り添い、" 君"を明日へと向かわせるパワーです。
この世界で、自分の居場所はどこにあるのか。
それをどこに見出せばいいのか。
あの苦い思いや息苦しさを、
一歩も外に向かえない出口のない怖さを、
忘れることが正解ではないと思うんです。
忘れずに、どこかで何かの形にして、語っていくことで、伝えていくことで、新しい世界が生まれていけば、人間は新しい居場所を作ることができると信じていたい。
信じて生きていけますように。
本書は作者自身を色濃く投影させたデビュー作とのこと。open water は、大海原という意味だそうです。