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子育てと正社員の両立にぎりぎりな40代の母(映画・読書・日々のこと)

子育てしながら正社員として仕事しています。40代の母のブログです。コピーライター、読書、映画、プライムビデオ。育児の悩みや仕事の悩み、広告、マーケティング、家族のこと、ふと思うことを綴ります。

ちはやぶった すずちゃん

先日、娘と 久しぶりに映画に行きました。


ちはやふる


漫画も前に読んでたし、青春映画やし、別にな

と全く期待せず、観たい観たいとさわぐ娘の希望で観に行ったのだけど、




めっちゃ良かったです!



まず、人物の描き方がていねい。

で、だいたい、原作ありの映画にありがちな、複雑なストーリーやテーマを2時間に無理やり収めた感もなく。

原作の活かすべきとこをしっかりいかし、はしょるとこは大胆にアレンジし、さじ加減が良い。

いろんなキャラクターが立っていて生き生きとしてました。

特に、主人公の千早以上に、深掘りが活かされていたのが、太一。いや主人公、あんたやん、て心理描写がされていた。

かたや千早は、ただのカルタ好きな元気ムスメキャラだなと。


ただですね、やっぱりこの映画は、広瀬すずちゃんありき、なんですね。


アイドル映画って、そーゆーこと?あんまり観ないから分からないけど、


広瀬すずちゃんのキラキラっぷりが、私の心をつかんで離さない!


いやー、私がもし男子高生だったらイチコロですよ。(古い)

 

我が娘も、かなり面白かったらしく、下の句を、ぜひ見に行こうぜと意気投合してます。


娘にはいろいろ振り回されますが、映画はいいのが当たるな! 嫌がられたけど、アニメ避けて正解(=´∀`)人(´∀`=)

ドラえもんクレヨンしんちゃんは私も好きだけど。映画って、アニメじゃないのが、えーねんで〜と。暗殺教室なら、ママ見たくないし〜〜と。ちなみに前回は、ジュラシックールド。


ともあれ、広瀬すずちゃんです。

演技も進化してたし、何より監督の  


キラキラした広瀬すずちゃんを映し出したい


熱い想いがあふれてます。(はず)


でもね、最初に言った、物語、演出も上手いんです。雑にただのスポ根カルタ版アイドル映画で終わらせず、百人一首の優雅で叙情的な世界観もアニメで表現していたり。


すずちゃんが、屋上に飛び出してくるスローモーションとか。ドキドキしたー!


…私がもし男子高校生だったら!(以下繰り返し)


青春ってステキですね。


これからの娘が、通る道だと思うと羨ましい〜〜

でも、私の10代って、暗かったし、実際は、受験だの、友人や親との関係だの、苦しい片思いだの、けっこう、苦いもんですよね。

だから、広瀬すずちゃんと「ちはやふる」は、憧れですね。


ヒトはいつから、あーゆー世界を、幻想と呼ぶのだろう。カネカネゆーんだろう。

カネカネ言ってても、家族のパンツを洗ってても、ほうれい線マッサージしてても、物忘れがひどすぎても、ちはやふるにある、映画を作る人にある、好きなことに夢中になる、何かを作り出すワクワク感は、幻想にしないで生きていきたいものです。







夫と話すという大仕事

今日、夫が、部屋の模様替え計画に文句をつけてきたから、言い返したら、夜中まで、言い合いになった。


この言い合いが良かったのは、コドモが寝てからだったこと。


むしろ大成功っす。


うちの夫とは、私はなるべく口をきかないようにしていて、なぜかというと、

ぶっちゃけ、傷つく、疲れる、虚しくなる

から。

要は気が合わないから。

イヤになると、どんどんイヤになり、

夫が

あー眠たい

と口走れば、耳をふさぎたくなる。

ため息ついてたら、

そのため息を換気するのに窓をあけたくなる。


他人だったヒトと生活をともにするのは、ほんと楽じゃない。


そもそも気が合わないのに、結婚するなよ、ちゅー話だが。恋愛って盲目だよね。


夢から冷めるとえらいことになってた。


そんで、あーだこーだ、夫の愚痴を聞かされ、最終的に日曜日に2人で外出することになりました。


なぜ、そんなことに!

しかも、自分から言ってしまいました。


ま、あーだこーだ言うのをもうやめて欲しかったのと、前向きな流れが欲しかったのと。


夫と話すと、だいたい、否定的な話になる。なんも動かない。ほんとコンサバ。


私は、いや、なんでもいいから、なんかやろーぜ、と思うタイプ。


まあ、そーゆーわけで、日曜日もケンカするかもだけど、あーやっぱコイツ無理、ってなるかもだけど、外出は好きだから、もう悩むの止めよう。


春はほんと、悩みが絶えません…




コドモのうそに、心折れる弱さ

先日、子供にうそをつかれました。

上の子供が風邪引いた次の日、熱は下がりながらも病み上がりなので、自宅で安静にしといてね、と私は仕事へ。

ちょうど春休み。近くのおばあちゃんちにもいかず、1人で大丈夫か?と思いつつも、特に文句も言わず、はーいと返事したので、それ以上はなにも言わないでいました。高学年だしね。戸締まりと火だけは気をつけろよと。


早めに仕事を終えて、自宅に電話すると、出ない。ケータイも出ない。ん?もしや?

まあ約束を守らない人なんで、いつも不安になり、不信になる母。


やっと出た。

「ごめんごめん〜〜トイレ行ってた」


…。帰りに、近所の子らのママさんたちに遭遇。


「さっきまで、公園にいた○○ちゃん(うちの子)と遊んでもらってたよー」


どこがトイレやねん。


なんかもう、それで腹立って、めっちゃくちゃ怒ってしまいました。うそついたことを。


怒るとなんだか余計に悲しくなり、母はお風呂で頭を洗いながら涙が出てくるとゆー。


なんで腹立つのか、いろいろ考えてみて。


カンタンにうそつきすぎやろ。

騙された。

親をなめてんのかな?

けど、熱もないのに1人で退屈やわなー。

それは分かるけど、一言遊びたい、て連絡したらいいのに。

あかんと言われると思ったんかな。

でも、トイレ行ってた、て明るく言ってたし、悪いことしてると思ってないようにしか見えない。

いや、あかんやろ、ヒトとして。

育て方間違えたんちゃうやろか。

これまでいっぱいうそつかれてきて、そのたびに話し合いもしてきたのに。

これ以上、何をすれば、分かるんやろか。

怒りすぎたのもモヤモヤする。

そもそもそこまで怒ることなんやろか。

コドモなんて都合いいようにうそつくやん。

自分もあったやん。

なんでもっと広い心で受け止めれなかったんやろか。

無理やわ。

なんかもう無理や。

そもそも、学童保育がないのが問題。共働きは、放課後コドモをどうしたらいいん。

仕事辞めた方がいいの?

お母さんは働いたらあかんの?

すべてうまくいかん。

私にはもう全部無理。



結局、コドモにうそつかれて、ちょっぴり傷ついたのだと思います。

そして全部の自信を失くすという。


日々こーゆー自分との闘いだ。

どこかで、母たる自信、売ってないかなー。

1000円くらいで。











家族とはなんなのか1

乙武氏の不倫騒動をぼんやりテレビで見てた。


男の人は、なかなか、「お父さん」なだけじゃイヤなんだなと。


てゆーか、それはお母さんも同じなんだけど、子育て中のお母さんは、家族の中ではどうしても子供中心に考えてしまいがちで、旦那さんの優先度が低くはなりやすいかもなー、と。


で、結局、それが不満や寂しさにつながるのかなぁと。


正直、私は、お母さんだから、子供がまだ自分で家出もできない、手がかかるうちは、子育ての大変さにかなうものはない、と思うし、逆にその大変さをシェアしてチームプレーとして楽しいことに変えるのが、お父さんのチカラというか役目なんじゃないかと思うんだけど、男の人は、そーじゃない人も多くて、うちもそうだけど


構われる側


でいたいんだよね。その気持ちは、分からなくもない。私もそう思うから。構われる側から、構う側にいつ、人は変われるのか、分からないし。そもそもは構われて育ち、オトナになり、家族作って、構う側になるはずで、だけど、その変換がうまく出来ない。


それは分かるけど、うまくできない自覚はほしい。


と、自分ちや人の不倫騒動みて、一緒だな、と思いました。


お母さんの子育て、孤育ては、なかなか解消されそうもない。男女の深い溝があるなあ。




特にこだわりがあるワケでもない、ファッションへのぬるい想い

ひとつの目標があります。

パリでも通用するマダムになる。マダムつったら、ミラノだけど、やっぱりカジュアルが好きですので。カジュアルつっても、アメカジとか、ベレー帽かぶったりオーバーオール着たりではなくて、ほんま白いシャツにスキニーデニム、足元はパンプスでアクセサリーは小ぶりのダイヤモンドのネックレスだけ的なのが私のイメージするところです。オトナなフレンチが一番しっくりくるちゅーか。

パリジェンヌってそんな金かけてワードローブ揃えないらしいですね。ベストセラーの受け売りだけど。その上、読んでない。


ただ、アラフォーとして、パリ歩いててもおかしくない人になりたい。服がね。あとそれをビービーエーなりにこなれ着こなす体型。


そんな話をしつつ、実はフレンチカジュアルって何だと言われたら、知らないなあと。あくまで映画や雑誌のイメージですので。

しかもパリに行ったこともなければ、この先一生行かないだろう予感もします。金持ちなら行くけど、な。


参考になるブロガーさんのコーデをほぼ毎日見倒し、ゾゾタウンのコーデをチェックし、美容院で雑誌見たり、たまに買いつつ。


楽しい時間です。ほぼ1日の癒しの時間と言っても過言でもないくらい。


あーあっしはファッションが好きなんだなあ、と。


で、そこからの、5キロ痩せる。という目標が、今あります。

服をかっこいく着たいのに、土台がダメだとどんだけ着るもの頑張っても、ビービーエーぽくなるんだよねえ。体型もだし、頬のたるみと二重顎が、輪郭をおかしくしてブサイク。

 あと、食生活見直して肌を整えねば。疲れも取れるように睡眠も大事。

という、カタチから入って器の中身を磨く必要に気づきました。


アラフォーでかわうそ君体型の私は、オトナのカジュアルというものの、これだ!がまだ分かりません。いつか会得出来ますように


ちなみに今は、ベージュのロングトレンチ、ボーダーTシャツ、ガウチョまではいかないワイドめなクロップドパンツ、が着やすくて好き。


お気に入りアイテムは、

イカットのコンバース

白いGショックの腕時計、

ファビオルスコーニのパンプス、

です。みんなユニクロ好きだし、私ももちろんいくつか持ってるけど、かわうそ君体型には、実はああいう万人向けの定番服って、着こなしが難しい気がします。


ルメールとか絶対買わないと思う。買ってみたら良かったりするかもだけど、サイズ展開はあっても、デブはデブに見える胸騒ぎがあります。










人気者と不人気者


あなたは人気者?と聞く方もどうかしているけれども、私って人気者です!と答える人もまた、めんどくさそうな雰囲気ですよね。

とはいえ、誰しもが心の中では多くの他者から、支持を得たいと思っているのが定石!

でも、実際には、人気者にはなれない。
そもそも人気があるかないか分からない。
人気ってどこから、どのくらいの支持を得れば、人並み以上なのか?

まあとにかく、人気者になりたいのは分かるけど、不人気者の魅力というのは語られることがそんなにないかな、と思います。

そこで不人気者の奥深い魅力をあぶり出すことで、今の自分の自己評価や見方を少し変えてみるのもありかな?てなことで、考えてみました。

◎不人気者ってステキだよ!その1
「注目をあびないからこそできる好き勝手」
人気者は、まずその言動が、多くの人たちから熱いまなざしをあびがちです。支持される結果であり、むしろそれこそ人気者たる所以ですが、過度の注目は、過多で持続的な緊張感と、期待に応えねばという使命感を生み出す可能性が高くもあります。それらは、日々の積み重ねのなかで、人気者から自由な言動を奪い、逆に抑圧となることもあるでしょう。
しかし、不人気者の場合は、誰からも注目されず、気に止められないわけで、緊張感も使命感もありません。言動は自由だし、もともと人気がないわけだから、言動によってますます不人気となるとしても、失うものもなく、たいしたリスクとはなりません。

不人気の魅力2
「友達が少ない」
不人気ですからね。もちろん、わいわい周りに友達がいつもいる、とか、友達同士の付き合いやコミュニティがたくさんある、とかな感じはないわけです。
でも
沢山友達がいる=人気
そもそもその方程式は正しいでしょうか。友達の線引きも、いろいろです。

同じコミュニティに入っているから
一緒に遊んだり、飲んだりするから
よく話すから

それをする他者を友達と呼ぶ人もいれば、
 
気が会うから
付き合いが長いから
苦労をともにしたから
なんでも気兼ねなく話せるから
お互いを尊敬できるから
といった相手を友達と呼ぶ人もいます。

自分の周りの他者の数で考えてみると、前者の方が、後者よりも圧倒的に、数は多くないですか?
前者が多く、後者が少ない。そんな人気者もいるかもしれません。
今一度、友達の何が好きか、なぜ付き合うのか、考えて、それから、友達の定義と数を決めてみるのもいいでしょう。

人気者のように、たくさんの遊び友達はいなくても、数は少なくても…なんならたった一人でもいいから、自分を出せる他者を得ている不人気者の方が、私は心の安定や充実した時間をより多くもてるのではないかな、と思います。

私の場合は、40過ぎて、無理して他者に合わせる、というのがとてもおっくうになりました。いや、そもそも昔からそれができなくて、今もたまに悩んだりしてしまいます。
ただ、どうしたって、心から楽しくないのに、他者の和に入るため、あるいはコミュニティを失いたくないがために興味ないものに手を出すみたいな時間つぶしは、人生折り返しになった中年には、ようやらんです。イヤだ、とかでなく、面倒なんですね。ただ、ただ。不人気な所以だなあ〜







外側からの景色

昨日、ジブリ米林宏昌監督作品 「思い出のマーニー」が、金曜ロードショーにて初放映やってました。

思い出のマーニー [DVD]

見ました!
期待してなかったんですよね。最近のよく分からないジブリ後継者の育成作品。
 
で、結論から言うと、めっちゃくちゃよかったす。
 
やっぱり私、アラフォーだけど、中2だなあー。耽美で暗いの好きだなー!
 
 
確かに、持病があったり、家族とナイーブな関係だったり、ファンタジックなシュッとした少女が出てきたり、アリエッティに共通する部分は多くありました。
 
でも私は、94年の「耳をすませば」に近いテーマを感じました。
耳をすませばよりも、絵画的で物語的で詩的で美しい世界が、マーニーにはありました。
 
米林さん、ええやん!
 
基本、きれいな世界が好きです。中2の少女は、きれいな世界が、そのまま好きでいれるかどうかの選択を、ひっそりと迫られるんで、きれいな世界が好きなままの少女は、地下活動へと足を踏み入れます。なんのこっちゃ。
 
自分が世界の外側にいる感覚を感じている、もしくは感じたときがある人には、おそらく、自分の代弁者が杏奈という存在であり、この作品なんではと思いますね。
 
世界の外側にいると感じている全国の少女に、何かを届けるチカラを持ってます。
 
べた褒めやなあ。
 
世界が、広がれば広がるほど、ひとりぼっち。
 
オトナになっても、家族ができても蘇る感覚。
 
最後にプリシラアーンの主題歌がトドメです。
 
だって、私も夜、1人、月を眺めながら、自分の小ささにやるせなくなってましたから。未だやってますからね。
 
誰か私を、ここにいる私を、見つけてくれる?
私はここにいる。
私はここにいる。
 
誰が私を必要としてくれる?
 
…いや涙出ます…。
 
いい作品に会うと、物語ってすごいなあ、と思います。誰かが創造したカタチのないものが与える感情の揺さぶり。
 
人生に必要なのは、酒とストーリーだな。
 
でね。大事なのは、どうにかこうにか自分を好きになっていくことなんです。
 
いや正直、誰も別に私なんか必要としてないすよ。子供たちに多分母親は必要だけど、それがために家族を求めたのだけど、それは、向こうからやってきたんでなく、自分が作った世界です。私を必要としてくれる他者がいる世界。
 
それはそれで、なかなか一筋縄ではいかないんですが。子供たちもいつか私が必要ではなくなるときが必ずきますから。
 
基本、世界は私なんか必要じゃない。そこんとこから、はじめるしかない。
外側から踏み出すしかない。
内側へ、ではなく。自分の世界へ、です。
弱さや醜さや不条理や孤独を抱えながら、踏み出すしかないんですよね。
もがくしかないんですよ。
 
もがいて、もがいて、なんとか小さな裏路地でもいいから、地に足つけて自分が歩める道を、草を踏みつけてつくるしかない。
 
だから、私は、思うんです。
外側の少年少女たちが、
あんたがいて、よかった。
って言ってくれる誰かと出会えますように。
感じられる何かと出会えますように。
 
オトナが、きちんと、
あんたがいて、よかった。
と伝えるくらいの
豊かさがまだ世の中にありますように。
別に親じゃなくてもいいんです。
近所のじいさんばあさん、通りすがりのおばちゃんでいいんです。
 
あんた、ステキやで。
 
私が今、いっとこう。
外側の少年少女に。
 
 
 
 

マツコデラックス=私のテレビ

好きなテレビ〜。

 

マツコデラックスの出ている番組。

マツコの知らない世界月曜から夜ふかしマツコとマツコ怒り新党はなんかたまたまかあんまり面白い回じゃなかったからか?見てないです。
マツコとマツコ、終わったから寂しいです!マツコロイドの相談室や触れ合い、マツコロイドの開発者、阪大の石黒教授の得体の知れなさとか内容もさることながら、私オープニングがかっこよくて大好きでした。あれ作ってるヒト、きっと有名。でも知らない。確かにマツコはキャラが極端に立っているからアニメ化に向いてます。でもあのオープニングアニメーションの世界観に映し出されたマツコ像は今までありそうでなかった、何というか、色気とインテリジェンスが混在しているんですよ。
 
一番好きなのは、マツコの知らない世界で、ユニークな素人と絡むマツコは、気遣いと毒舌が絶妙で、やっぱりインテリジェンスで、オシャレで、一番好きです。この番組のスタイリストさん、いいわあ(^o^)/
かつてナンシー関さんというすごい人を失い、マツコ来たー!って思ったけど、マツコは、ナンシー関よりよっぽど、テレビ向きな、さじ加減をバツグンに飲み込んでるヒトである。
 
どちらが、とは言えない。テレビ向きかそうでないかの違いはあれど、どちらも無二の逸材であることには間違いありません。
ナンシー関は戸籍もメンタルも女性、マツコはゲイで女装している、という点で、マツコにはジェンダーの問題が常にまといつく訳ですが、どちらも性差を超えているところで魅力を感じられる部類に入るヒトたちだと思うので、よくも悪くも性差問題は関係ないと私は判断しています。アラフォーの先輩なあたりはやっぱりマツコに親近感わくかなー。
ただ、あまりにテレビ向きでテレビ出過ぎなのがマツコの心配な点。5時に夢中!でめっちゃ貧乏ゆすりしてました。なんか、しんぱーい……(ほっとけ、て感じですが。)
 

朝イチ。

有働さんがまず大好きです。いのっちも、マツコ的要素のあるテレビ向きなヒト。誰も傷つけないしゃべりができる逸材です。
また、柳沢さんが、すごくいいスパイスになってる。柳沢さんは、父親だったら、絶対娘(私)にうざがられてます。でも娘はお父さんをほんとは尊敬してて、目標にしてたり。テレビみながら、またアホなことゆーて、って悪態をつきつつ。
つまり、朝イチは、主婦をターゲットに、きわどいテーマ(うつや不倫や政治まで)を扱い話題になりながらも、番組の器を作る主軸メンバーが、とても温和でオトナで、茶目っ気あって、そのハーモニーにより、地に足がついたバランスを創出しているクオリティが高い点が魅力です。毎日やるだけに、見てる側にはすごい信頼感あり。で、何と言っても有働由美子アナウンサーですよ。彼女がNHKの好感度と信頼度を一気に格上げしてます。私の中で。なりたい。あこがれ。いつまでも有働由美子さんを追いかけます!
 

サラメシ!

またNHKですが、最初に友達にすすめられて見たらなんかもう、会社にお弁当作って持っていきたい病になり(これまで外食派だった)、ここ3週間くらいお弁当ランチになってます。すぐ影響受けます。
まだそんなに見だして日が浅いけど、よかったのは、羽田空港のランチ。気象台、社食、飛行機の誘導係りの女の子、みんなよかったー。
 

名探偵コナン

私が大学生の頃にアニメスタート。当時はまあフツーに子供番組として興味なく、ただ、結婚して仕事から家に早く帰るようになってから見るようになりました。その頃は、確か月曜7時くらいからだったかな?正直コナンちゃんが見れるくらい早く帰宅する喜びが付いてたからかな。でもそこから投資が始まり、原作漫画をコンプリートしました。古本屋だけど。3年前くらいに漫画買いはストップしたので今はコンプリートじゃないです。ただ、昨年、鳥取旅行の際に青山剛昌ふるさと館に行けたことは、めっちゃ嬉しかったです!
魅力ねえ。私はほんとに推理力がないから、だいたいの事件で犯人が分からなくて、へー、この人が犯人かあ、となる面白さかな。あと、蘭ちゃんと新一のラブコメ黒の組織の絡み。そのまんまやな。まあもう飽きてもいるんだけど、もはや視聴をやめる意味も逆にないみたいな。
 
NHKグレーテルのかまどやバリバラ、ドラマも好きなのでいろいろありますが、きりがないので今日はこのへんでー。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

コンサバな主婦がアグレッシブに生まれ変わる魔法

明日は娘の運動会。 お弁当の仕込みはしたし、あとは早起きして、残りをやっつければ、万事オッケー!

…早く寝ないと。 なのに寝ない。

最近、やりたいこと、というか、考えたりやってみたりしてワクワクすることを、ひとつしました。 それで、あ、私、なんもやってなかったなあーって、しみじみ思いました。

この、今自分は子供たちの母だから、結婚して家庭を支える主婦だから、やりたいことできないに決まってるじゃん病は、なんなんか。

いや、価値あることなんすよ。誰かのために頑張ることは。ただ、正直、これでいいのか?と考えてしまう時があるんです。

価値あることだと理屈では分かってるし、子供たちと一緒に笑うだけで、あたたかい気持ちになってとっても癒されるんだけども、癒されるのは、逆に日々が疲れているから、というかやるべきことが沢山あるのを、ひーひーこなしてる感じだから、もうありがたいな、でっかいモチベーションだよな、それなかったら、絶対やらねーよな、な感じなんですね。私をお母さんゆーて愛してくれて。

…子供が私を愛してくれる、だから頑張るという、有償の母の愛。

で、そんなマイライフが辛いか、と言われると、そうでもなくて。私はやるべきことがあることに、安心してしまってます。40過ぎて、やることない人、なかなかいないでしょうけど、要は、コンサバなんだろな… コンサバの良し悪しはわかんないけど、まあ実際、20代の時よりずっとコンサバなんだと思う。

やるべき習慣の中に基本、身を委ねてる。それこそが、私の暮らしがコンサバな理由です。思考を停止させると、ある意味平和ですよ…。ありがたいことに。

でも。私の中の何かが、いや、コンサバも、危険があるよ、と言います。 それは何か?わかんないけど、与えられた社会的な役割に乗っかることに、人生の意味があると安心して、ほんまにええのんか?と思ってしまう瞬間。

1人でも笑えるし、自分だけでも楽しいし、ワクワクすることをちょっぴり今の生活に加えたら、めっちゃくちゃ楽しくなりそうじゃないですか?

ということで、川柳やら音楽鑑賞やらを始めました。

川柳かい…… 昼顔ちゃうんかい。 なんとか活動ちゃうんかい。 自分探しの旅でもないんかい。

…ちゃうんです。 そーゆーんではないんですね。 根が高等遊民なんでしょうね。我の世界に浸れたら、いいんです!

趣味に没頭したい! 1人ほくそ笑み満足したい!

……。 もしかしてフツーの主婦のやってること?

ただ、あれですよ。若干オタクというか、下衆というか、卑しいというか、根が非社交なんでしょうね。あーだこーだ言われたくないけど、自分はうんちく語りたいみたいなね。

ま、そんな感じで、しょうもないことをちょっぴりずつ、してみて、人生をもう少しアグレッシブに生きてみようかな。

そんな1人前夜祭でした。 おやすむなさい。

日本は世界とどう向き合うか…コトバにはチカラがある。

今回の安保法案の参院可決、ニュースアプリでいろいろ見てたら、メディアによる論調の違いがすごく顕著で、なんかおかしかった。

あー、そっか、視点変えたら、そう来るか、みたいなのがいっぱいあって、 産経と朝日、東京新聞とかだけじゃなくて。 ただ、アプリ自身のセグメントがよく分からないけど、反対の方が多い気はしました。

可決しちゃったし、私も不安ですもん。子供の将来とか。 ネットは匿名を盾にバッシングオリンピックだから、あんまり政治の話はしたくないけど、個人的には、今回の安保のことをきっかけに、これからの先行きは分からないけど、日本が世界とどう向き合うべきか、考えていきたいなあ、と感じました。

とはいえ政治には無知な私に小難しい話はわからないので、政治、政策というのではなく、社会全体の空気というか、目指すベクトルというか、大きな流れとして、世界との対峙の仕方を模索できればなあと。その転換期になればな、と。そんなことをテレビのニュース見ながら考えてました。

私が考えた模索は、安保云々じゃないです。日本を守りたいし、国際的ないざこざが増えていくのも分かるし、心配だから、対抗できる力を持ちたいと思うのも理解できる。だからこそ日本を守る手段として、武力ではなく、別の部分から迫ってみてもいいんじゃないのか。つまり、武力以外の解決の可能性を考えてみたいんです。

結論から言うと、話し合いとか取り引き、駆け引き手腕とか、いわば、ペンは剣よりも強しとも言われるコトバのチカラで解決できないかと。

日本に必要なのは、コトバで戦うスキルとスキルを備えた人材の育成なんじゃないか。

いや、そんな単純な話でもないし、いろいろ専門的見地から、多角的な視点で語られるべきだし、その上で安保法案でもめてることは百も承知なんです。

まあそれはそれとしてですよ。日本に暮らして思うのは、てか日本でしか暮らしたことないっすけど、日本と欧米諸国はじめ他国の違いは何かと考えるときに、よく言われるのが、和を重んじる文化、風習があるということだと思います。 自己主張し過ぎず、えばらず、自慢せず、奥ゆかしさとか、こっそり努力するとかを美しいこと、美徳とする文化がある。利己より利他。自分一番はワガママで、他人を思いやることが一番大事。周りとの協調があってこそ、社会は成り立っている。

はっきりと家庭や学校で教わる訳ではないけれど、小さい頃からその空気の中で生きて暮らし、どこか染み付いている。 それが日本の文化。

和を重んじる文化は私は美しいと思います。特に、日本の暮らしやすさは、この和の精神があるからこそ、他国にはない魅力じゃないですか。日本が世界に誇れることだと思います。電車は時間通りだし、お店の人は親切だし。ほんま、「おもてなし」に関しては、一部のではなく、全体にレベルが高くて、たとえば、高級レストランだけじゃなくて、フツーの居酒屋とかスーパーにも高いサービスクオリティーがある。世界の他の国々は絶対勝てないことだと私は思います。 めっちゃ好きです。そんな日本。

一方、自己主張してなんぼなのが、世界の列強の国々です。特に大陸の人々。国と国、民族と民族、異教徒同士が隣り合わせに暮らし、血で血を洗う戦争ばりばりな歴史を持つヨーロッパ、アジア。生きるためには勝たねばならん、勝つためには自己を正とせねばならん。そしてそれを周りに認めさせないといけない。ずっとそんな歴史を辿ってきて、そら、自己主張が磨かれていきますよね。そもそも多種多様な人間がひしめくなかで、きちんと自己主張せねば、自分が何者か理解してもらわねば、盗人や曲者に間違われ亡き者にされる可能性だってあるわけです。

そんな列強の方々と日本に暮らす私なんかが、ひとたび議論なんかになった日には。怖い!ディベートやディスカッションなんかのコミュニケーションによる争いごとの中で、奥ゆかしさとか協調とか調和とか日本の美しい風習・文化なんか一蹴です。なんも言えねえ。で終わります。最後泣いて土下座かもしれません。

自己主張は悪とまではいかないけれど、歓迎されてるでもない日本で育ち暮らす人が、言ってなんぼ!曲がった事でも真っ直ぐやねん!と自己主張しなければ生き残れない歴史を歩んできた大陸の人と、討論とか話し合いをして、どうやって勝つねん?

討論や議論や話し合いで、日本の人が勝てる道はないのかな。美しい風習と文化を持つ日本だからこそ、独自の自己主張の方法を模索しないとあかんと思うんです。

大事なのは、議論には必ず勝たなければならないということです。議論で勝つ=思った通りの決議がとれる、相手に自分を力ずくではなく心から認めさせる。

だから、相手が納得していないのに無理に押し通したり、決議を強行するのは、勝ちじゃないといえます。何故なら、相手はきっと、恨みを持ったり仕返しを考えるから。マイナスに転じると分かって押し通すのはルース。

その観点から考えたとき、実は、議論や討論で不利に見える日本の美しい風習文化の中に、解決のカギがあるんじゃないでしょうか。

議論で本当の意味で勝つために必要なことって、

誰にでも伝わりやすいコトバで話す

ロジカルな説明力

感情的にならずにいられる

相手のことを知り理解する

相手が本当に納得するまで誠意を尽くす

などが必要だと思いますが、これって、日本の美しい風習文化の精神に似てません?

利己より利他で、和を大切にするその根源は、他者への愛みたいなもんですよね。それは他者を理解したいという意思の表明です。

だから、本質的には、日本人は、議論が下手じゃない、むしろ、かなりハイレベルな国民じゃないかな。

ただ、問題なのは、多くを語らずとも伝わり合える同じような人々だけで長い間暮らしてきてしまったこと。日本は、他者に多くを語る必要のない平和な時代がずっとあったちゅーことですよ。 それはそれで、良かったな、と思います。 が、その良し悪しは別として、語らずとも伝わるなんて、国際社会では通用しないことは、もう大体みんな分かってはいるんだと思います。

語らないと絶対伝わらないくらい、むしろ、語っても語っても伝わらないくらい、なんもかもが違う人々の中に混じって語る。 それがこれからの日本が、取り組むべき道なんじゃないのかしら。

まずは、語る。語ろうよ。自分のことを。自分の国のことを。他者を理解するための聞くチカラはあるんだから。

議論の場の公私や規模はいろいろでも、まずは「私たち日本国民は、こんなことを大事にしていて、こんな風に考えていて、こんなことに価値を感じるんです」と。

あなたの国や民族とは違う部分もあるだろう。その違いはぜひ知っておきたい。でも、同じ部分もあるかも知れない。 嬉しいこと、悲しいこと、感じる心は同じかも知れない。

職場に部署は違うけど、ヨーロッパから来た仲間がいるんですが、いつも明るい彼だけど、南アメリカから新しい仲間が来たとき、心の友を得たジャイアンみたいにめっちゃ喜んでました。彼は日本が大好きだし、みんなから愛されてるし、楽しいこともあるやろけど、異国で暮らす大変さもあるんやろなあと、そんな当たり前なことに、そのとき気づきました。

国際社会のパワーバランスという波に乗るのは、法案じゃなく、日本が語りかけることでしか、本来的には叶わないんじゃないかなと感じます。

ちゃんと話しもせず、粘り強く説得もせず、他国と同じ条件に近づければ、他国は私たちを理解してくれるんでしょうか。認めてくれるんでしょうか。やるなあ、と一目置いてくれるんでしょうか。いいように利用したれなんて露とも思われず対等の信頼を獲得できるんでしょうか。

電流流す柵よりも、収穫を祝うパーティの方が、抑止力になりません?相手は畑を荒らす動物じゃないんだから。キーキーわめく子ねずみでもないんだから。

子供たちには、議論に勝つチカラをみがいてほしい。日本の美しい風習文化を身につけながら、そこにコミュニケーション力の自負が備われば、ものすごい国になる!国はそんな人材育成に注力してほしい。

言葉でたたかう技術