1〜18巻 講談社
『モーニング』連載のマンガです。
まだ完結してません。
めちゃくちゃ良かった〜!
1回読んで、すぐ2回目を読みました。
主人公は児童精神科の研修医。
児童精神科医として個人病院を開業している佐山先生のもとで、研修医として学ぶ中でのエピソードです。
主にさまざまな発達障害をテーマにしていて、とても勉強になりました。
ただテーマの幅が広すぎて、一つ一つの感動を伝えるには紙幅と時間に余裕がありませんので、それはもう読んでもらえたらこれ幸いということで、結局リエゾンのテーマの本質とはなんぞや?という部分にだけ触れさせていただきます。
微妙にちょいネタバレ。
そもそも発達障害とは?もちょい。
広汎性発達障害(こうはんせいはったつしょうがい)、学習障害、注意欠陥多動性障害など、脳機能の発達に関係する障害です。発達障害のある人は、他人との関係づくりやコミュニケーションなどがとても苦手ですが、優れた能力が発揮されている場合もあり、周りから見てアンバランスな様子が理解されにくい障害です。
政府がこんなん出してました。↑
特性別の図解もあり分かりやすいです。
で、リエゾンの物語の背景もちょい。
主人公は児童精神科の研修医、志保ちゃん。自身が発達障害で、自分を研修医として置いてくれている児童精神科の佐山卓先生も発達障害です。
この政府広報にあるように、みんなと同じでないけれど、優れた能力を発揮するっていうパターンです。
でこの2人やシングルマザーの医療事務員の渚さん、心理カウンセラーの向山さん、言語聴覚士のほりりん先輩、訪問看護師のチャラサーファー川島さんなどが、さまざまな患者さんのケースと向き合っていく、というストーリーです。
ただ、リエゾンが描いていることは、クリニックの患者という特殊な事例ではあるのかもしれないけれど、そこで導き出される顛末は人の根幹というか、「人が生きる」本質に迫るものです。
例えば。
親子、夫婦、家族、教室という狭い箱の中での支配や依存。
抑圧。
暴力の連鎖。
認知の歪み。
他者からの視線や評価。
無知。誤解。
すれ違い。
孤独。
恐れ。
諦め。
無関心。
私たちはそこに自分がただ生きている、というだけで、あらゆる重荷を背負い、苦しみに襲われる。
それに対して佐山先生は、診断し、本人や周りがどうとらえ、どう向き合えばいいのか、道標をしめしていきます。
たとえば、患者との距離感に悩む看護師さんに言うんです。
あなたは間違っていたかもしれない。
けれど、少なくともあなたがいたことで、彼女はこれまで生きてこれたのは事実だと。
またある時は、摂食障害の子どもの接し方に悩むお母さんに語ります。
お母さんが諦めずにいたから、●●ちゃんは今死なずに生きていますと。
ADHDの子どもと夫をもつ女性には、
あなたは今日また●●くんとクリニックに来てくれましたと。
妹の強い希死念慮に戸惑う姉には
でも今日妹さんは生きていますと。
生まれてすぐに親に捨てられ、児童養護施設で暮らす女子高生に
いろんな人が、なんとかあなたに生きてほしいとバトンを渡してきて、今のあなたがあると。
あそっか。
クリニックに行く
それだけで大きな一歩なんだ。
今日は生きてる。
よく今まで生きてきてくれた。
確かにそれ以上に絶対なものはないよな。
子どもを包む愛情は、必ずしも親や家族が与えなければならないわけでなくて、一人ひとりが部分的に関わる社会からの支援のなかにもあるんだ。
そのことをまず喜んでいいのだと。
なんてゆーか、胸をうちます。
泣けてきます。
ほんとにその通りで今日いま、ここに存在するという揺るぎない事実に、人は救われる。
支援のあり方の本質であり、他者理解の根幹でもある。
この物語に横たわる視野の広さと人間への眼差しの深さに、作者である若い2人がどうやってたどり着いたのか?
めちゃくちゃすごくない?
きっと丁寧で力いっぱいの取材や勉強をしたはずと推察はしているのですが。
佐山クリニックのような病院が身近にあればいいな〜(*´ω`*)
児童精神科医は、増えていっている需要に比べてかなり少ないらしいので、ぜひ国!増やす方向で投資していただきたいです。